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紫がたり 令和源氏物語 第二百五十八話 行幸(二)

 行幸(二)
 
行幸当日、冷泉帝は卯の刻(午前六時頃)に御所を後にされました。
朱雀門を出て朱雀大路を行き、五条の大路を西に曲がって桂川へと向かうのです。
行列は親王方をはじめ、殿上人と言われる六位以上の方々が残らずお供に加わります。
帝の傍らに進んでいくのは左右大臣に内大臣、源氏は太政大臣ですので当然供奉申し上げるべきですが、暦によってその日は物忌みであった為、辞退されたのを帝は大層残念に思召されました。
世の人々は源氏の大臣の御姿を拝めぬのが口惜しいと言い合いましたが、装束を揃えて馬も美々しく飾りたてた貴人の行列は近年稀に見る壮観な見ものでした。
鷹狩に携わる親王や上達部は普段見慣れない珍しくも動きやすい装束を纏い、それ以外の共の者は青色の袍衣に葡萄染め(えびぞめ)の下襲を揃えて身につけていらっしゃる。
帝は天子たる故にただお一人赤色の御衣を召されているのが美々しくも艶やかでこ殊更にご立派である、と人々の目には映るのです。
この日は普段邸奥深くに暮らす女人達が大勢見物に訪れているので、大路はもちろんのこと、桂川の浮橋のたもとにまで牛車がずらりと並び、それほど身分のない女車などはせめぎ合いに圧し潰されてしまうような混雑ぶりです。
玉鬘姫が車を停めている五条大路も混雑しておりましたが、天下の太政大臣の車なので、最前列の行列がよく見渡せる場所に一行は落ち着いておりました。
「姫様、こんな大きな催しは初めてですわねぇ。お主上はいったいどんな御方なんでしょう」
三条の君はすでに落ち着かない様子です。
「三条の君、浮かれすぎですよ」
そう窘める玉鬘の乳姉妹・兵部の君もどことなくそわそわしています。
「もうすぐ行列もやってくるでしょう」
玉鬘は二人ににっこりと微笑しました。
遠い筑紫にあった頃、このように貴族らしく姫が栄えのある身になれるとは想像もしていなかったことでした。
命懸けで上洛した甲斐もあったと二人はしみじみと感じるのです。
「姫様、行列が参りましたわ」
折しもはらはらと空から雪が舞い降りて、きらびやかな行列に荘厳さが加わり、貴族達の行列がゆっくりと近づいてきます。
 
輿に揺られる帝の御尊顔は源氏と瓜二つで輝くばかり、美しい人というのはみな似通っているものなのかと玉鬘には不思議でなりませんでした。
しかし、若い帝は精悍で理知的、源氏よりもずっと品がよく美しく思われました。
女房達は噂に高い貴公子達を見留めては騒いでおりますが、帝の美貌の御前にては何ほどのものであろうか。
姫は胸が高鳴り、頬が赤らむのを禁じ得ません。
そうして傍らに従う慕い続けた実の父の姿を見ました。
 
あの御方がわたくしの本当の父上さま。
 
幼い頃の記憶がかすかに蘇り、懐かしさに涙がこぼれそうなほどです。
 
「姫、兵部卿宮さまですわ」
兵部の君に耳打ちされて玉鬘ははたと我に返りました。
今日の宮さまは一段と優雅に馬を乗りこなしておられます。
例の髭黒の右大将も通られ、普段は野暮ったい身なりの殿方ですが、武官らしく太刀を帯び、胡録(やなぐい=矢をいれたもの)などを背にされているのも凛々しい御姿です。しかし綽名の通りに顔を覆った黒々しい髭が若い姫にはむさくるしい印象で疎ましく感じられます。
 
何につけ帝の若々しく端麗な御姿の前にあっては、ちらほらと降り出した雪も桜のひとひらが舞い降りてくるようなご様子なのです。
玉鬘はほうっと溜息をつきました。
女御たちに混じって寵を競うなどおこがましいことではありますが、このような御方の側で純粋に女官としてお仕えできれば素晴らしいに違いない、そう娘らしい憧れが湧いてくるのでした。

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