紫がたり 令和源氏物語 第二百五十九話 行幸(三)
行幸(三)
大原野に御着きになった帝は狩りの為に装束を改められます。
狩りに参加する上達部たちも平張のうちで装束を改めている折に六条院の源氏より御酒や御果物などが差し入れられました。
当然帝は源氏がこの催しに参加して共に酒でも酌み交わしたいところでしたが、物忌とあっては仕方なし、と残念に思召されました。
せめてもと雉一双(雌雄の二羽)を柴の枝につけて蔵人の左衛門の尉を六条院に遣わしました。
雪深き小鹽の山に立つ雉の
古き跡をも今日は尋ねよ
(雪深い小塩山に立つ雉の古い足跡ではありませんが、太政大臣が行幸に参加されたという古い事例もございます。源氏の君が参加されても障りはありませんでしたよ)
近年稀に見る行幸であったとすでに聞き及んでおりますので、何とも畏れ多くありがたきこと、と源氏は使者をもてなし、帝に歌を返しました。
小鹽山みゆきつもれる松原に
今日ばかりなる跡やなからむ
(雪の積もった小塩山に行幸される前例は数々あったでしょう。しかしながら御治世のもとの行幸はかつてないほどに盛儀であったでしょう)
翌日玉鬘の元に源氏から文が届けられました。
白い料紙に懸想じみたことはなく、ただ帝をご覧になって尚侍としてお仕えする決心がつきましたか?とだけありました。
玉鬘は自分の心を覗かれたようでどきりとしましたが、
「つまらない仰せですわね」
そう表面上は取り繕っております。
うちきらし朝曇りせしみ雪には
さやかに空の光やは見し
(霧が立ち込めてみ雪<行幸>までありましたので、帝のお顔もはっきりと拝むことができませんでした)
源氏はこの玉鬘の否とも応ともとれぬ返事に乙女らしい恥じらいと宮仕えに心を動かされている胸の裡を察しました。
源氏は愉快とばかりにこの文を紫の上に見せました。
「ねぇ、あなた。この返事をどう思う?」
「それは色々と思うこともあるでしょう。あなたの養女である中宮さまと実の姉上でいらっしゃる弘徽殿女御さまが後宮にて寵を競っておいでなのですよ。そこにお仕えすると言うのも気詰まりかと・・・」
「あなたは邸の奥に引き籠っているくせに意外と政事に通じているのですね。男として生まれていれば見識もあって出世したかもしれないな」
「まぁ、変なことをおっしゃるのね」
「いやいや、ほんの冗談だが。しかし、あのお主上の御姿をご覧なればお仕えしたいと思うのが乙女心とは思わないか?あなただってきっと私を捨ててでもお仕えしたいと思うに違いないよ」
「あなたったらそんな冗談ばかり。帝をご立派と御見上げしても自ら宮仕えを申し出るなんて、貴族の姫君ならば出過ぎた考えだと思うでしょう」
「だから私が背中を押しているのではないか」
源氏は愉快そうに笑んでおりますが、紫の上はその裏に隠された真の狙いが薄々と感じられ、なんとも玉鬘姫がお気の毒でなりません。
「あともう一押ししてみるか」
源氏はそう言って筆を取りました。
あかねさす光は空に曇らぬを
などてみ雪に目をきらしけむ
(日の光=帝は曇りなく輝くばかりでしょう。雪の為に見えなかったなどと冗談はおよしなさい。いっそご決心なさっては如何ですか?)
次のお話はこちら・・・