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紫がたり 令和源氏物語 第二百八十六話 真木柱(十七)

 真木柱(十七)
 
体が回復してくると、玉鬘はいろいろと考えを巡らせるようになりました。
思い悩んで今の状況を嘆いたところで、どうにもなりません。
そうかといって自分がどのように生きたかったのか、というのもこれまで考えたことがなかったのです。
もしも髭黒の妻になっていなければ冷泉帝の元へ入内していたことでしょう。
たった一日しか出仕しなかった宮中ですが、その日は男踏歌などの行事で華々しく活気に溢れておりました。
しかし局が寄り集まるように女人がひしめく園ではそれまで経験したことがないようなこともあるでしょう。実際に西側に面した局には式部卿宮の姫の王女御がおられ、顔を合わせるようなことがあれば気まずいことになったかもしれません。
お主上に召されることになれば源氏の養女である中宮にも実の姉妹である弘徽殿女御にも申し訳ないことになったでしょう。
仮に宮中への出仕を拒んでいたら、実の親でもない源氏の元にずっといられるわけもなく、もしかしたら源氏の愛人になっていたかもしれません。
身分の低い玉鬘はとうていあの輝くばかりの紫の上のような寵愛を得られるとも思えず、待遇も賤しきものとして日陰の存在になりさがるのです。
もしも実の父・内大臣の手元に引き取られていたら、それでもこの年齢では結婚を強いられたことでしょう。
変な話ですが、髭黒の妻となってかなり経ち、ここに至り玉鬘は結婚というものを真剣に考えていたのでした。
それまで結婚を現実のことと思ってはいなかったのですが、女人には結婚をするか務めに出るか、出家をするかしか生きる道はないのです。
心惹かれた御方はというと思い浮かぶのは兵部卿宮さまのみですが、うまくやっていけたかどうかは結婚してみなければわからないでしょう。
髭黒の右大将は世間的に地位もあり、紫の上には申し訳ないですが、北の方はもういないのです。
手段こそ強引ではありましたが、右大将はいつでも玉鬘の言うことを聞き入れて、邪険に扱ってもけして怒ることもありませんでした。
それまで“夫”という言葉でしか認識をしておらず、髭黒という男がどういう人なのかを考えたことも向き合おうとも思わなかったのです。
幸い三日顔を付きあわせれば慣れるという言葉通り、以前とは違ってそれほど疎ましく感じることはなくなったことに、玉鬘ははたと気がつきました。
考えてみれば髭黒の何も知らないということも。。。
 
端近でぼんやりと考え込む玉鬘の視界の隅に突然鞠が飛び込んできました。
見ると小さな兄弟が連れだって鞠を探しに庭先に足を忍ばせています。
右大将の若君の太郎君と次郎君です。
遊んでいて鞠をこちらの庭に飛ばしてしまったのでしょう。
おどおどとためらいながら庭の様子をうかがう姿は愛らしいものでしたが、どこか恐れがある風なのが玉鬘には気になりました。
兵部の君に子供たちを呼ぶように頼むと、二人の子供たちは突然のことで驚いたようですが、新しいお母さまはたいそう美しく優しげに手招きしております。
寂しい思いばかりしていた兄弟はこの美しい人の親しみやすい笑顔がうれしくて、頬を赤らめました。
「こちらへいらっしゃい。お菓子でも食べましょう」
兄弟は顔を見合わせると明るく笑って玉鬘のもとへ走り寄りました。

次のお話はこちら・・・


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