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紫がたり 令和源氏物語 第二百八十七話 真木柱(十八)

 真木柱(十八)
 
子供とは邪気が無く、なんと無垢で愛らしいものなのだろう、と玉鬘は二人の若君が菓子をほおばるのを目を細めて眺めておりました。
「二人はお父さまが好き?」
「はい、大好きです。とても優しいんです」
玉鬘の問いに澄んだ瞳で太郎君が答えました。
「あのお髭が怖いとは思わないの?わたくしは初めてお会いしたときびっくりしてしまいました」
「男らしいと思います。私もいつかあのように立派になりたいです」
なるほどそれまでむさくるしいとばかり思っていた右大将は男の子には憧れの武官らしいのです。
「それにね、いつも遊んでくれるんだ」
弟の次郎君も目を輝かせて答えます。
父親として頼もしく心底慕われているのがよくわかります。
玉鬘が兄弟たちの話をよく聞いて心を解きほぐすように接したことで、若君たちは屈託なく明るい笑い声を上げております。
そのまま何時間も楽しい時間を過ごして陽が暮れる頃、玉鬘は若君たちに言いました。
「明日もこちらへいらっしゃい。物語のお話などをしてあげましょう」
「はい」
太郎君と次郎君は溌剌と嬉しそうに答えました。
 
右大将が邸に戻り、玉鬘の御座所に姿を現しました。
改めてまじまじとその顔を見つめる玉鬘に右大将はおや、と首を傾げます。
「どうかしたかな?」
「いえ、なんでもありません」
玉鬘がいつものようにつれない返事をするので右大将は少し寂しさを感じます。
確実に玉鬘の中で右大将を見る目が変わってきているのですが、女人というものは複雑なもので、すぐに心を開くというのは到底できないのです。
ましてや右大将にはそのような機微を察することは難しく、いつものように玉鬘を見守りながら寡黙に食事をとるばかり・・・。
「今日若君たちとお話をいたしました。素直なかわいい子たちですわね」
「おや、そうだったのか。失礼はなかったでしょうか」
「幼い子供たちですもの。愛らしいばかりで」
玉鬘がうっすらと笑むのを見て、右大将は心にぽっと灯がともったように温もるのを感じました。
なんと清らかな美しい笑顔か、この人に似つかわしい・・・。
右大将はいかつい顔を崩しました。
「明日もこちらに呼んでもよろしいでしょうか」
「もちろん、あなたさえよければお願いします。ありがとう」
右大将は思わぬ嬉しい申し出に目を潤ませ、玉鬘の手を握りました。
その瞬間玉鬘にはそれまで感じたことのないような不思議な感情が湧いてきたのです。
言葉にするのは困難ですが、けして不快ではない温かいものです。
この人は悪い人ではない。
姫は右大将の存在をしっかりと認め始めておりました。
 
翌日右大将が内裏へ務めに出掛けると、兵部の君が玉鬘の側に控えました。
「若君たちをお呼びいたしましょうか」
「そうね、お願いするわ」
玉鬘が手元に物語絵などを引き寄せていると、兵部の君が何やら話したそうにもじもじしております。
「どうしたの?」
「いえ、昨日若君の乳母たちから聞いた話なのですが、前の北の方、若君たちの母上さまは長く物の怪に憑かれていて、それは大変だったらしいのですよ」
玉鬘は北の方が狂ったように暴れ、その面倒をずっと右大将が黙って見続けていたことなどを初めて聞き、子供たちも母親の愛情を満足に得られなかったことを知りました。
「まぁ、そうだったの。子供たちが寂しそうな顔をしていると思ったけれど、そんな事情があったの。かわいそうに」
右大将の真面目で誠実な気質を知り、その器が自分が考えていたよりも大きく頼もしく感じられる玉鬘です。子供たちも不憫に思われて、大切に慈しんであげようという母性が胸の裡に広がっていくのでした。

次のお話はこちら・・・


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