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紫がたり 令和源氏物語 第二百八十八話 真木柱(十九)

 真木柱(十九)
 
右大将を夫として認め始めた玉鬘ですが、何しろ最初の始まりがよいものではありませんでした。真の夫婦になるには玉鬘の気持ちなども知ってもらい、仕切り直しが必要です。
そこで右大将と向き合い、心の丈をすべてぶちまけようと考えたのでした。
「お話があります。こちらにいらしてください」
そう姿勢を正す玉鬘に、何事かと緊張する右大将です。
それはもう、予期もせぬというか、予想通りの言葉から始まりました。
「わたくしはあなたが大嫌いです」
右大将は衝撃を受けました。近頃関係が良好であったと油断していた右大将には不意打ちを食らったも同然です。
「この部屋も庭も趣が無くて、もっと嫌いです。わたくしが自由にしてよいというなら、あなたを少しは好きになってあげてもいいですわ。ずっと暮らしていくのに居心地の悪い邸なんてご免ですもの」
玉鬘はそういって口元にうっすらと笑みを浮かべました。
右大将は玉鬘を一目見た時からこの姫に魅了されているので、どうしてその言葉に抗うことができるでしょう。ましてや姫がまっすぐに自分を見つめて夫と認めてくれたのだと思うと嬉しくて仕方がありません。
姫はずっと側にいると言ってくれたのです。
「もちろん、なんでもあなたの好きなようにしてください」
「それからわたくし以外の女にうつつを抜かしたら絶対許しませんわよ」
愛嬌のある笑みを浮かべる玉鬘が愛しくて右大将は姫を強く抱きしめました。
「私の人生はもうあなただけがいてくれればそれでよい」
「まぁ、お子たちを立派に養育するのも忘れてはいけませんわ」
「おお、そうであった。そうであった」
右大将は躍り出さんばかりに喜んで破顔しています。
玉鬘は実の子ではない明石の姫君を立派に養育している紫の上のように権門の夫人らしく気高く生きたいと心を決めたのです。
 
こうして玉鬘はようやく自分の居場所を見つけました。
晴れてまことの夫婦となった二つの心は寄り添い、ゆっくりと愛を育んでいくことでしょう。
玉鬘が女人として大きく成長したのに対し、源氏は相も変わらず手元から飛び立った小鳥を追うように玉鬘を想って惑うております。
夏になり、玉鬘のいた西の対が風情を増している頃、源氏はたまりかねて玉鬘に文を贈りました。
“月日を重ねて消息もいただけないのは御身の心だけとは思っておりません。特別な機会でもなければ再会できないでしょうから、それが残念でなりません。人妻になったからとて親に疎ましくなさるなよ”
 
おなじ巣にかへりしかひの見えぬなか
      いかなる人が手に握るらん
(同じ巣で孵った雛をさて、どのような方が持ち去ったのであろう?)
 
源氏はこの歌に鴨の卵を盛らせたものをつけて送りました。
まるで実の親ぶって書いてありますが、そこには玉鬘への未練が滲み出て、右大将への恨みが垣間見られます。
玉鬘は源氏がいまだにこんな手紙をよこすのを不愉快に感じました。
横から手紙を覗き込んだ右大将も怪訝な顔をしています。
「知らせなければならない近況もありますし、私が返事を書きましょう」
そういうと、右大将は飾りのない料紙にさらさらとしたためました。
 
すがくれて数にもあらぬかりの子を
     いづかたにかはとり隠すべき
(巣の中に隠れて数にも入らない雛=実子でもない玉鬘、を誰が隠すというのでしょう)
 
今では巣立った子も立派に巣作りに励んでおります、と添えました。
この報せで玉鬘が右大将の子を懐妊したことを知った源氏は改めて玉鬘との縁は切れてしまった、と悲しくうなだれました。

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