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令和源氏物語 宇治の恋華 第十一話

 第十一話 花合わせ(七)
 
大君が正式に冷泉院の元に嫁がれると発表され、蔵人の少将ががくりと膝をついて落胆したのは言うまでもありません。
入内のその日は弥生月とのこと。
刻一刻と迫り、焦りを感じた蔵人の少将は母の雲居雁に再び何とかならぬかと相談しました。
食事も喉を通らぬほどに憔悴した息子を不憫と思った雲居雁は玉鬘君に手紙をしたためました。
しかしながら正式に発表されたことを覆すなどはできしないのです。
玉鬘は妹の中君を蔵人の少将に差し上げようと、謝罪をしつつそれを仄めかす返事を異母妹に送ったのでした。
そのような返事をもらっても、蔵人の少将はうれしくもありません。
少将が望んでいるのは大君なのです。
あの人でなければ誰だって同じではないか。
少将は一層暗い目をするようになり、心を固くしたのでした。
玉鬘のほうでも蔵人の少将の身分がまだ低いことから、中君をすぐに娶せようという急いた気持ちはなかったもので、大臣家から何の反応も無いことを気にも留めませんでした。
まさか少将が大君を垣間見ていたなど露とも知らぬことでしたので、そこまで思い詰めているとは考えてもいなかったのです。
 
薫る中将もほんの恨みを滲ませた手紙な寄こしました。
 
つれなくて過ぐる月日をかぞえつつ
     ものうらめしき暮の春かな
(玉鬘の姉上と大君のつれなさにさめざめと日を送っております。この春は大君が入内される春と思うと何やら恨めしく、心浮く春とは喜べません)
 
玉鬘君は、困ったこと、と困惑しましたが、さらりと読み捨ててあるのに安堵感を覚えました。蔵人の少将のように思い詰めた風でもなく、すでに決まったことに異を唱えることはないでしょう。
 
 
暦により、入内の日は弥生九日と定められました。
蔵人の少将はもう絶望的とばかりに益々やつれてゆきます。
少将が大君に手紙を差し上げるのに手を貸していたのは中将のおもとという大君付きの女房でした。
玉鬘がかつて信頼し、裏切りによって髭黒殿を手引きしたのは、奇しくも「弁のおもと」。入内前に何かあっては、と人一倍警戒し、女房達にきつく軽率な行動は控えるよう言い含めました。
入内の日取りが決まったと聞いた蔵人の少将は居ても立ってもいられず、玉鬘邸の中将のおもとに泣きつきました。
「おもとや、私が今まで送り続けた手紙を大君はちゃんと読んでくださっているのか?」
「もちろんお読みになっておられる筈ですわ」
「どうかこの手紙を今一度渡してもらえぬか」
少将はおもとに手紙を差し出しました。
「玉鬘さまにきつく取次はするなといわれております。もう諦めてくださいませ」
そうして中将のおもとは困ったように手紙を拒絶しました。
「私はどうにも恋死にするしかないようだ」
そうして肩を落として去る君が不憫ではありますが、おもとも同情でお邸をしくじるわけにはいかないのです。
薫はすでに大君のことは縁がなかったと割り切り、夕霧から大君の入内の差配などを率先して玉鬘の姉君を助けよ、と命じられていたもので、その日も真面目な貴公子らしく御前に伺候しておりました。
入内が迫り、どれほど人手があっても足りぬもの。
大君が幸せになるのであればそれを助けてあげたい、という身内のとしても情もあるのです。
薫が夕霧に按配を報告しようと玉鬘邸を辞去しようとした時、そこに項垂れる蔵人の少将の姿を見つけましたが、あまりの変貌ぶりに声を掛けるのが憚られました。
頬はこけ、目が落ち窪むほど痩せ細り、かつてのさわやかな風采が失われるほどに憔悴しきっております。
薫はこの一連の出来事を冷静に見つめておりました。
少将の憑かれたような姿が心底不憫で、恋の盲目を恐ろしいとも感じたのです。
自分の中にもこうした狂気が眠っているものか、いつしかそのような魔物に支配されてしまうのではないか、と畏れ慄いてているのでした。

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