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紫がたり 令和源氏物語 第三百四十五話 若菜・下(十一)

 若菜・下(十一)
 
源氏は朱雀院が翌年には五十の御賀を迎えることになるので、その祝いを口実に女三の宮を院とお引き合わせしようと考えました。
しかしながら五十の御賀と聞いても女三の宮は何の差配をすることもできません。
源氏みずから院が身につけられるに相応しい御僧衣や精進物のお道具などを揃えさせるのです。
姫宮とはそうしたものであるかと思われるでしょうが、姫宮であり、国母となられたかの藤壺の女院などを鑑みるに女三の宮はやはり愚鈍な姫であるとしか思われません。宮の周りの老い女房たちも源氏の配慮があってこそ姫宮の足りぬところが庇われている、と安堵するほどなのでした。
 
冬の夜は冴えた空気に楽の音がよく響くものです。
紫の上は源氏が手本に弾いている曲を珍しく聞いておりました。
七弦琴の独特の調べを活かした秘曲ともいえるものばかりです。
明石の女御にそのようなことがありましたのよ、と何かの折に手紙に書くと、女御もその秘曲に興味を持たれたようです。
明石の御方が楽の名手でありますから、やはりその血を継いでおられるのでしょう。
どのような調べなのか、是非その音色を聞きたいと主上に宿下がりを申し出ましたが、例のごとく寵愛が深すぎてなかなかお許しが出ません。
おめでたいことにまた御懐妊五つ月ということで、女御は出産に事寄せて六条院へ下がられてしまいました。
どうやらいっそのこと御出産までの間を紫の上と一緒に過ごそうというお考えがあるようです。
女御は紫の上と共に漏れ聞こえる琴の音を聞きながら、昔を懐かしんでおられました。
「お母さま、やはり耳慣れないせいか珍しく聞こえる調べですわね。父上はなぜわたくしに七弦琴を教えてくださらなかったのでしょう。和琴や筝の琴ばかりでしたもの。このような秘曲があるのであればぜひ挑戦してみたかったですわ」
「そうねぇ。実はわたくしも大殿(源氏のこと)からは七弦琴は教わっていないのよ」
そう言って、紫の上は子供の頃に思いを馳せました。
右近の乳母に甘え、犬君とじゃれあった日々。
物思いもなく楽しかった子供の頃は、このような苦悩が待ち受けているとは露とも考えなかったものです。
今の境遇が息苦しく、源氏の仕打ちが恨めしく思われますが、それでも紫の上は思い直し、女御に暗い顔は見せられないと、務めて平静を保つのでした。
 
年の瀬というものは慌ただしく、新年の準備はすべて紫の上の仕事なので、春の新しい装束や年賀の準備を進めているうちにその年も暮れてゆきます。
娘の明石の女御の御体も心配ですが、すでに数度の御出産を経験されているもので、以前ほど切羽詰まった感じではありません。
源氏は変わらずに女三の宮の元へ通い続けて琴の指導に余念ありませんでした。
数か月の特訓でようやくたどたどしさも脱して、なんとか楽としての体裁が整うところまでに漕ぎ着けました。
 
年が改まると源氏主催の院の五十の御賀の為に楽人や舞人が六条院に参上し、練習を兼ねて遊びに興じるようになりました。
華やかな音色があちこちから聞こえてくると、心が浮き立つようになるもので、紫の上は源氏に女三の宮の練習の成果を披露してはどうかと提案しました。
「なるほど。ぶっつけ本番では宮も緊張されるだろうし、いっそ院の御賀の試楽ということで女楽でも催そうか。新春の夕べにはもってこいではないか。もちろんあなたも参加してもらいたいね」
「もちろん喜んで。でもごく内々でお願いしたいですわ」
朱雀院の御賀はまず今上(帝)が盛大になさるであろうことから、源氏主催の御賀は翌如月というように考えております。
世間に漏れると大勢の上達部が押しかけてきそうなので、急遽正月二十日に女三の宮の御殿にて女楽が催されることになりました。

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