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紫がたり 令和源氏物語 第三百四十六話 若菜・下(十二)

 若菜・下(十二)
 
試楽の女楽の楽器は紫の上が和琴(六弦琴)、女三の宮が琴の琴(七弦琴)、女御が筝の琴(十三弦琴)、明石の上は琵琶を担当することとなりました。
女三の宮の御殿では仕切りをすべて取り除いて几帳を女君の座所ごとに据え、その中心にはもちろん大殿(源氏)の座がしつらえられました。

六条院内の催しとはいえ、希望する女房たちを全て引き連れて参るわけにもいかず、女君たちはそれぞれ四人の女童を供として集いました。
選り抜かれた美少女達が揃えた装束で登場する様子はことさらに華やかであります。
紫の上の女童は赤を基調とした袿(うちぎ=上衣)に桜襲(表/白、裏/紅)の汗衫(かざみ)、薄紫の模様を織り込んだ絹の衵(あこめ)、浮紋の表袴、艶出しの紅の下衣を纏っております。少女たちの可憐さに現代的に洗練された紫の上のセンスが光る取り合わせと言えましょう。
女御の女童は青色を基調とした袿に蘇芳(すおう=表/濃茶、裏/赤)の汗衫、山吹色の唐綾の衵、唐綾の表袴で、童女らしい愛らしい装いに統一されました。
明石の上はやはり一歩下がって仰々しく無いようにという配慮でしょう。
紅梅襲(表/紅梅、裏/蘇芳)と桜襲の袿を二人ずつ、汗衫は四人とも青磁色で合わせ、衵は濃紫や薄紫が織り出されたものを身に着けております。
二人ずつ変化を着けさせたのはなかなか面白い趣向となりました。
女三の宮の女童は青丹の袿に柳襲(表/白、裏/萌黄)の汗衫、葡萄染めの衵とことさら奇を衒ったわけではありませんが、姫宮の侍女らしく昔ながらの伝統的な装束として飾りました。
 
この催しはごく内々のものですので、笛の名手など呼んでは却って興醒め、主役はあくまで女君たちですから、源氏は髭黒の右大臣の三郎君(玉鬘の産んだ長男)に笙の笛、夕霧の長男には横笛を務めるよう簀子に控えさせました。
美しい細工の施された秘蔵の名器をずらりと揃え、源氏は宮の為に琴の調子を合わせて差し上げます。
こうしたことも手ずからして差し上げなければ心もとない宮でありますが、緊張されているような固い面持ちでいらっしゃるので、ひそひそと何事か話しかけてお気持ちを和らげようとしているのです。
他の楽器で特に気をつけなくてはならないのは筝の琴でしょうか。
非力な女人や子供にはその弦をしっかり張るのも難しかろうと夕霧を御前に召しました。
夕霧は御簾の近くまで膝を寄せて胸を高鳴らせておりました。
これほど近くまで許されたのは初めてのことなのです。
憧れの紫の上がすぐ側の几帳にいらっしゃると思うだけで、どきどきと、自分が見苦しくないかどうかと気になって仕方がありません。
しかしながら平静を保って優雅な身のこなしをされるのはさすが血筋柄と申しましょうか。手慣れた様子で壱越調(洋楽ニ調)の音に発の音を合わせ、控えられる姿も匂うばかりの男ぶりです。
「夕霧よ、興の誘いにも一曲頼む」
「なんの私如き、おこがましゅうございます」
腕に覚えのある夕霧が神妙に謙るのが面白く、源氏は尚も誘います。
「そう謙遜するな。ここで逃げては大将の名が泣くぞ」
にやりと人の悪い笑みを浮かべる源氏に夕霧もそれではと答えました。
夕霧は紫の上を想う心が音色に滲み出てしまうのではないかと案じますが、いっそその想いが伝わって欲しいと思うにつけても気持ちが昂ぶるのを抑えられません。
ほんの少しばかり風情あるように掻き鳴らし、まだまだ聞きたいものだと思われる頃合いで琴を返しました。
控える女君たちはその美しい響きに誘われて、はやく音色を紡ぎたい、と気持ちが高揚していくのを覚えるのでした。

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