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紫がたり 令和源氏物語 第二百三十三話螢(一)

 螢(一)
 
玉鬘姫の悩みは日に日に深くなっております。
それというのも、恋心を打ち明けてからの源氏は女房たちの目が無ければ玉鬘の側に寄り添い愛を囁くので、まるでそれまで留めていた堰が切れたように姫を悩ませるのです。
源氏が玉鬘を通して夕顔を見ているのもなんとも不本意で身勝手に思われてなりません。
その度に玉鬘の胸はつぶれるように悲しく耐えるのでした。
周りの女房たちは源氏のゆきとどいた細やかな御世話をありがたいと拝み、その美貌を褒め称えるのが姫にとっては煩わしく不快に感じられます。
よもや親の振りをして継娘に懸想しているとは誰も気付かないのですから。
相談する相手もおらず、一人心を痛める姫はここのところやつれたように見うけられます。
 
もしもこのように倒錯的で淫らな関係が世に知られたならば物笑いの種になろう。
実の父上の耳にでも入れば軽蔑されるに違いない。
そう思うにつけても、姫の心は憔悴しきっているのでした。
 
玉鬘姫への求婚者の数は相変わらず増えており、兵部卿宮はなんの進展もないことから焦れておられるようです。しかも五月は結婚には忌月であるので、しびれをきらして恨みを滲ませる手紙を送ってよこされました。
「ふむ、かなり焦れておられる。面白いな」
源氏はそれを楽しんでいるかのようで、またよからぬことを考えている模様です。
兵部卿宮の手紙には、もう少しお側近くに寄ることが許されるならば私という人間の人となりを知っていただけるのに、とありましたので、よしそれならば玉鬘と対面させてどのように口説くのか見てみよう、という源氏の戯れ心から宮をお招きすることにしました。
露見すれば体裁も良くないご自分の懸想を棚に上げて、兵部卿宮を試すとは、その男心を測ることはできませんが、これも独占欲と嫉妬の表れなのでしょうか。
 
近頃玉鬘は塞ぎこんで、源氏がどんなに勧めても手紙の返事を書こうとしません。
これは源氏の意のままにならぬという意志表示であるのですが、そんな小娘の反抗に付き合うほどのことはなく、意に介しては大臣など勤められるものではありません。
源氏は宰相の君という玉鬘の母方の叔父の娘を探し出し、手跡もなかなかで才覚もあることから姫の側近くに据えました。
取次などもこの宰相の君を通じてなされれば機転を効かしてよく働くでしょう。玉鬘が返事を書くのを厭うので今ではもっぱらこの君に代返をさせているのでした。
源氏は早速宰相の君を側近くに呼ぶと事細かに指示をして文をしたためさせました。
 
初夏の宵というものは清々しい風が吹き抜けていくものです。
四日の細い月がぼんやりと空の端にかかり、渡る風が木の葉をさやさやと優しく揺らす音が情趣を掻き立てます。
兵部卿宮は姫が待ちわびているような手紙をもらったことが嬉しくて、今夜こそは自分の想いのたけを知ってもらおうと期待に胸を膨らませて六条院に参上しました。
まさか源氏が手ぐすねを引いて待っているとは思いもよらず、その胸の裡には玉鬘姫への愛がなみなみと満たされているのでした。

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