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紫がたり 令和源氏物語 第三百二十六話 若菜・上(二十)

 若菜・上(二十)
 
紫の上と女三の宮の顔合わせの場には明石の姫も同席しておられました。
姫は新しい妻を娶って北の方に据えた父・源氏の仕打ちを不快に感じていたのです。
しかも女三の宮は姫より一つしか年が違わないのです。
母・紫の上が不憫に思われ、姫宮とはいったいどれほど尊いものかとその目で確かめようという心もあったのでしょう。
しかし明石の姫は驚愕しました。
なるほど見目形は美しいようですが、才気乏しく茫洋とした自我のない佇まいには唖然とさせられました。どこか幼稚で品格も感じられないのです。
紫の上は従姉妹であるので気を遣って話を合わせて若々しいところを見せておりますが、年若い明石の姫にはどうして母がそこまで謙らなければならないのか理解が出来ませんでした。
「宮さまはどのようなお遊びがお好きですか?」
優しげに問う紫の上をほんにお姉さまのような御方であると心を許した女三の宮はいつもの調子でお答えになりました。
「わたくしは雛で遊ぶのがことのほか楽しゅうございますわ」
「わたくしも宮さまくらいの時には熱中したものですわ」
明石の姫は話を合わせる母を不憫と思い、目の前の嗜みも感じない姫宮を軽蔑しました。
いい歳をしておままごと、など知性の欠片もない。
この方が父の北の方などおこがましい。
人の品性とは生まれではない、そう姫は常々紫の上という人を見て感じておりました。
この美しく気高い母を心底尊敬しておられるのです。
それにつけても身分ばかり高くとも、と侮蔑の念が湧きあがりますが、その愚鈍さはむしろ憐憫の情さえ催すほどなのでした。
 
紫の上も実際女三の宮に会ってがっかりしたというのが本音でしょう。
正妻という座にはこだわってはおりませんが、やはりせめて明石の上くらいの人でなければ譲れないと心のどこかで蟠っていたのかもしれません。
女三の宮は確かに若いですが、立派になる素養というものが感じられないのです。
女としての感情を捨て去ることが出来ればこれほど楽なことはないであろうに、と物憂くなるのを、近頃紫の上の顔色を窺う源氏はその心を読もうと以前にも増して気にかけているようです。
しかし紫の上はすでに源氏への愛情はどこかへ失せてしまったように思われて、波風たたぬよう自重しております。
女三の宮とも文を取り交わし仲睦まじい様子なので、世間もうるさく騒ぎ立てなくなりました。
こうした細やかな心遣いが素晴らしく、紫の上の美しさは若い女三の宮や娘の明石の姫を見た後でもはっと目を瞠るものがあります。
いくら見ても見飽き足りない、そう思われるのをよもや長く生きられないのではないか、などと不安になる源氏の君なのです。
この人を失えば生きてはゆけぬ、と胸が苦しくなるほどに想っているのに朧月夜の姫とのことはまた別の話と都合よく紫の上に甘えて、無理算段をしては忍んでいるのでした。

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