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紫がたり 令和源氏物語 第五十話 紅葉賀(九)

 紅葉賀(九)

源氏と源典侍の噂は瞬く間に広がってしまいました。
その噂を聞いて愕然としたのは頭中将です。
自分は女性を知り尽くしていると自負していたものの、そこ(老女)には目が届かなかったか、と口惜しく、源氏に後れをとってなるものかと早速源典侍に言い寄りました。

当代一という二人の貴公子を両手にかけて、典侍は鼻が高く、他の女官達は何故彼女がモテるのかと悔しがりました。
典侍は頭中将を恋人としても、あくまで本命は源氏のほうで、何とか振り向いてほしくて中将との浮名を否定もせず、むしろ煽るような素振りをしております。
嫉妬で気を惹こうという手法は千年昔も今も変わりがないということでしょう。

頭中将との噂を聞いた源氏はなかば呆れながらも、自分の肩の荷が下りたように気が楽になり、「まったくおばば殿には頭が下がる」と苦笑しました。
これで恨み言もなくなるであろうと安堵した君ですが、当の典侍は宮中でばったりと出会うたびに源氏のつれなさに恨みを滲ませます。
「新しい恋人がおられるのに私がしゃしゃり出るわけにはいきませんよ」
そう逃げようとすると、
「本当にお慕いしているのはあなたさまでございます。傍から見れば色惚けた老女のように思われるでしょうが、この歳になっても恋する気持ちを大切にしていたいという心を失っては、女はおしまいですわ」
そうしつこく縋りつくので、何とかその場は躱したものの、女心とはそうしたものかと少し典侍を哀れに感じ、次に会った時には優しい言葉でもかけてさしあげよう、何せ祖母ほどの年齢の方なのだから、と源氏の心も情にほだされるのでした。


ある日の夕立が通り過ぎた後に、しみじみと濡れた草木もなかなか趣あるものよ、と源氏が温明殿のあたりをそぞろ歩いていると、琵琶の音色が聞こえてきました。
誘われるようにそちらに足を向けると、弾いていたのは源典侍その人でした。
典侍は琵琶の名手で男性たちに交じって管弦の遊びに召されるほどの腕前なのです。
そして何よりその美声が素晴らしくて足を止めずにはいられません。
このような風情のある宵に名人の琵琶とはまいったものだ。
風流を解する者には抗えない魔力のようなものがこめられているようで、源氏は暫し耳を傾けました。

歌は催馬楽(さいばら=奈良時代の民謡が平安時代に雅楽曲にアレンジされたもの)のひとつ、山城の瓜作りに求婚されて悩む女のもので、悩ましげにも愁いを含んだ美声がなんとも魅力的です。

これはこのまま素通りはできぬな、と典侍の誘いに乗りました。

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