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令和源氏物語 宇治の恋華 第九十六話

 第九十六話  迷想(六)
 
匂宮が二条院に女人を迎えたという噂はあっという間に駆け巡り、嘆息する女人の恨み声が聞こえてきそうな宮中なのです。
怪しからんと怒りを露わにしたのは、誰あろう夕霧の左大臣でしょう。
六の姫君の婿君にと働きかけ続け、帝の御意向もそのようにあるのを出し抜かれたと不快でならないのです。
六の姫はこの二月に裳着(成人の儀)を控えております。
それと同時に晴れて匂宮を婿取りしようと算段していたものをと忌々しさにぎりぎりと歯噛みをしますが、冷静になって考えてみるとやはり後ろ盾もない頼りない女人を北の方と据えるのは得策ではないとさすがの宮も気付くであろう、とほくそ笑みました。
このことで六の姫の裳着を遅らせるのも外聞が悪く、匂宮を婿にとは諦めないにしても他に優れた結婚相手を見出そうというのも親心。
そうなるとやはり当世一の貴公子たる薫中納言が思い起こされるのです。
薫の実の父が柏木であることを夕霧は承知しておりますが、世間的には二人は異母兄弟、六の姫は薫にとって姪となりますので、この近しい縁組は面白味がないとこれまで薫を婿と考えずにいた夕霧ですが、やはり贔屓目なくとも薫の優れた様子に心を動かされないはずがありません。
老成して実直な面も夕霧にとっては好もしく、六の姫にとっては浮薄な宮よりも頼もしい夫と思われるのです。
薫が熱愛した大君を亡くしたとは聞きましたが、そろそろ落ち着いたところであろうか、と六の姫のことをそれとなく仄めかした夕霧の左大臣ですが、さすが一筋縄ではゆかぬ薫にあえなく断られてしまいました。
「兄上のお気持ちはありがたいのですが、大君の死によって世の無常を殊更に強く感じるこの頃なのです。三月経ちましたが私の心は未だ喪にあります。とても結婚などは考えられませぬ」
「そうか、そうであろうな」
大君を思い出して悲しみを滲ませるかわいい弟に無理強いしようとは出来ない夕霧なのです。
亡き柏木も一途にただ一人を想う人でした。
愛しい姫が世を去ったからとてそうそう心を変えぬと察せられるのです。
薫の面が柏木の君と重なり、この子だけは幸せになってもらいたいものだと願わずにはいられません。
政治家のとしての顔を押し込めて、夕霧はただ亡き親友とその忘れ形見を愛しく懐かしく思うのでした。
 
薫の心は雪に閉ざされた山里での頃と変わってはおりませんでした。
京へ戻り多忙な公務に没頭しておればいくらかは大君を失った悲しみを忘れることもできるかと考えておりましたが、ふとした折に訪れる物思いは以前にも増して大君恋しさを掻き立て、身もだえするような悲しみを堪えずにはいられないのです。
 
いつかこの心が静かに凪ぐ日が来るのであろうか。
 
その度に救われたい一心で手を合わせて祈る薫なのでした。

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