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紫がたり 令和源氏物語 第百五話 須磨(十二)

 須磨(十二)

須磨の浦では梅雨が訪れる時期になってようやく邸の修繕が終わり、竹で編んだ垣根も出来て、庭の遣り水なども風流に完成しました。
この数か月で山の暮らしにも馴染んできた源氏の君です。
毎日勤行を怠らずに謹んで、少し見えてくるものもありました。
この邸からは浜辺がよく見渡せます。
日に焼けた海士が魚を獲りに船を出したり、浜で塩を焼く姿などを毎日のように見ることが出来ます。
都にあっては目のあたりにすることもなかった光景ですが、日々の生計(たつき)を得る為に汗水流して働く人の姿がそこにあるのでした。
それは最下層と言われる者達ですが、これが本来の人の姿ではなかろうかと感じ入る源氏の君なのです。
慎ましく、必要な分だけ天からの恵みを分けてもらい、生活する。
そんな質素な暮らしぶりを見ると、自分のこれまでのことが恥ずかしく思われてなりません。
塩がなければ人は生きていけません。
都では当たり前のように口にしてきたものですが、海士達が精錬して都に届けるからこそ食することのできるものでした。
何かに感謝するということを久しく忘れ、驕っていた己を恥じるばかり。
帝の皇子として生まれ、何不自由なくちやほやされてきた身の上で、慢心していたのだと思い当たったわけです。
思えば受領の妻となった空蝉に対しても、身分が低いからと軽んじていたところがあったかもしれません。
朧月夜の姫に対しては「私は何をしても許される身分なのですよ」などと吹聴しました。
なんと罪深いことをしてきたかと思うだけで胸が詰まります。
しかし源氏がこのように物を思うのは独りでいる時だけでした。
都から従ってきた側近達にこのような姿を見せれば、みな涙に暮れるでしょう。
罪を犯してもいない者達を家族から引き離すことになり、心苦しく辛く思われてなりません。
せめてみなの気がまぎれるようにと努めて明るく振る舞っているのです。
「惟光、海士というのも大変な仕事だなぁ」
「良清、お前が想いを懸けている明石の女の話でもせよ」
などと快活に笑いかけます。
ついてきた者達はこれほどに近く源氏の君にお仕えしたことのない者ばかりで、その姿が尊くありがたく、都に逃げ帰ろうとする者は誰一人としていないのでした。

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