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令和源氏物語 宇治の恋華 第百五十三話

第百五十三話 浮舟(十七)
 
京に戻ってからの匂宮は浮舟にばかり想いを馳せて食べる物も喉を通らなくなっておりました。
母君である明石の中宮の再三の呼び出しにも具合が悪いと応じず、数日寝込んですっかり病人らしくなっておりましたが、まさかそれが恋煩いであるとは誰も知る由はありません。
お主上も愛息子の体調を気遣い功徳の高いと言われる寺に病気平癒の祈願などをさせておられます。
殿上人たちも宮のお見舞いにと日々二条院を訪れますが、面会を断られるばかりでよほどの病であると不安がっており、噂を聞いた薫は驚いて親友を見舞いました。
宮にしてみれば疾しさゆえに今もっとも会いたくない人ではありましたが、それと同時に顔を見てやりたいというような優越感もあるようで、こちらの心裡が読まれぬよう厚い御簾を隔てての対面ということになりました。
「お加減が悪いということですが、どうですか?中宮さまもたいそうご心配なさっておいでですよ」
「うむ、どうにも体がだるくてならんのだ」
宮は心配そうに顔を歪める友を前にすると様々な思いが湧きあがってようよう物も仰れません。
この人の想い人を奪ったという良心の呵責からすまないと詫びる気持ちもあり、浮舟の背かと思うと憎くもある。それとしても長くあの宇治に姫を放っておいて夫面はなかろう、等々。
それはもうありとあらゆる感情がめまぐるしく湧き上がって言葉も継げずにいるのです。
浮舟を思って馬を駆り宇治へ赴く時まではこれほどまでに気詰まりになろうとは考えもしないものでした。
もしもこれが薫の想い人ではない人を奪ったのであれば、男同士の話として気軽に話題にもして笑えたものを。
何かが変わってしまったことに心が塞がれるような宮なのです。
「これはよほどお加減が悪いとお見受けいたします。どうかゆっくりお休みになって早く平癒されますように」
そうして礼儀正しく頭を垂れる薫の姿は、隙の無いまごうことなき貴公子ぶりで、宮は男ながらにその典雅な佇まいに心を奪われる。
 
この男と私は張り合おうとしているのだ。
浮舟は果たしてこの男に逢って私との存在を比べるのであろうか。
もしも私が女であったならば薫のような男こそ頼もしく感じるに違いない。
 
そのように考えてしまう宮の御心を量るに、やはり浮舟とのことはこの薫君への対抗心が背中を押しているようにも思われるのです。
さすれば二人の狭間に揺れ動く浮舟ほど哀れな女はいないでしょう。
 
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