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令和源氏物語 宇治の恋華 第九話

 第九話 花合わせ(五)
 
ここにも姫の身の振りに頭を悩ませている母親・玉鬘君がおります。
大君、中君と二人の姫がおりますが、夫の髭黒殿は生前今上に娘の入内を仄めかしておりました。
裳着を終えたと聞くや主上からは髭黒との約束を果たせ、というご打診が度々ありましたが、明石の中宮という威勢を前にして気苦労が多いのではなかろうか。
また、春宮に差し上げるにも夕霧の右大臣の大君が深い寵愛を得ていると聞くや、後ろ盾の無いこの身はどこまでも頼りないのです。
大君はたいそう美しく華やかに成長しました。この器量ならば入内しても他の姫君には劣らないでしょう。しかしそればかりで寵愛を得られるかいうと、やはり権勢のある姫君を前にしては叶うはずもありません。打ち捨てられるようになれば娘が不憫でなりません。
やはり女である身としては入内などさせず、将来有望な公達に北の方と迎えられるのが幸せではなかろうか、と考えてしまうのです。
かつて冷泉帝の元へ尚侍として出仕した際には隣が折り合いのよろしくない王女御の局でほんのわずかしか内裏にいなかったものの、たいそう気疲れしたものでした。
玉鬘は大君の乳母と姫の身の振りについて話し合っておりました。
「どうしたものかしらねぇ」
「そうでございますね。『大君は臣下に嫁すことは許さぬ』という大殿さまのご遺言がここにきて姫を縛るとは」
「まったくだわ。やはり一人の殿方に愛されてこそ、女の幸せというものではないかしら」
「玉鬘さま、近頃大君さまに熱心にお手紙をよこされる貴公子がおりますのをご存知ですか?」
「あら、どなたなの?」
「夕霧の右大臣のご子息、蔵人の少将さまでございます」
「まぁ」
玉鬘の息子の藤侍従と仲良く、足繁く邸に伺候してくれる気のよい青年とばかり、まさか大君に懸想しているとは考えもしないことでした。
「正妻腹ですし、いずれ出世間違いなしといわれていおりますが、まだご身分が低くいらっしゃいますから、微妙なところですわね。いっそ薫中将は如何でしょう?女房達はみな薫さま贔屓ですのよ」
「そうねぇ、頭が痛いわ。やはり冷泉院のお誘いをお受けしようかしら」
「弘徽殿女御さまはなんと仰せですか?」
「それが思わぬ好意的なお手紙をいただいたわ。冷泉院がご所望であるし、年上の女御ばかりであるから、若い姫君が入内されるのはよいのではないか、と後押しをしてくださるそうよ」
「ありがたい思し召しではありませんか。冷泉院はご退位されておりますので、今上や春宮に入内するよりは大君さまも気が楽なのではございませんか?」
このことにより、玉鬘の心は大きく冷泉院への入内に傾いてゆくのでした。
 
 
まさか玉鬘君の娘の婿にと考えられていたとは露とも知らず、年賀の挨拶に薫中将が邸を訪れたのは不思議な巡り合わせというものでしょうか。今一人の噂の君、蔵人の少将も下心を隠して友人の藤侍従を尋ねてやって来ているのでした。
蔵人の少将は夕霧の息子なので薫には甥に当たりますが、三人とも年が近いので気安く声を掛けあいます。
「やぁ、少将。歌の練習は順調かい?」
「薫中将こそ最年少歌頭でしょう。噂で持ちきりですよ」
「それを言ってくれるなよ。歌頭はもっと重鎮が勤める習わしではないか。なぜ私なのだ。荷が重すぎる」
今年は男踏歌がなされる予定ですが、お主上の思し召しで薫が歌頭に任命されたのです。17歳になったばかりの薫は辟易しております。
藤侍従はそんな薫中将に人懐こい笑顔を浮かべて素直に羨望の念を吐露します。
「私なぞお主上から直接お言葉を賜ることもめったにありませんので、お二人が羨ましいですよ」
「君の美声をぜひともアピールしたまえよ。御衣を賜るかもしれんぞ」
「勿論がんばりますとも」
三人の若君が朗らかに笑い声をたてると玉鬘君が御簾の向こうに姿を現しました。
「義姉上、今年もどうぞよろしくお願いいたします」
薫が居住まいを正して深々とお辞儀をすると、蔵人の少将も倣って畏まる。
二人とも美しい貴公子なので、女房達はそわそわと落ち着きません。
「お二人とも我が邸をお訪ねくださり、ありがとうございます」
玉鬘君は直々にお声を返されました。
年々訪れる人が少なくなるこの邸にはありがたい客人です。
「どうぞこれからも親しくさせていただき、何でも召し使ってくださればありがたいです」
蔵人の少将は深々と頭を垂れて、なんとか玉鬘君に気に入っていただこうと必死なのでした。

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