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紫がたり 令和源氏物語 第二百二話 少女(十一)

 少女(十一)
 
藤壺の女院の喪が明けて、前年には取りやめになっていた五節舞の奉納が行われることになりました。
これは新嘗祭といって、いわゆる収穫祭です。
その祭りの最後に神様への感謝のしるしとして舞を奉納する、一種の神事と考えてくださると理解がしやすいでしょう。
豊かな恵みを天に感謝して四、五人の姫たちによって舞が奉納されるのです。
公卿から二人、受領・殿上人から二、三人の舞姫が出されるのですが、平安時代中期以降貴族の姫は顔をさらすことをはしたないとされていましたので、家臣の娘などを代わりに舞姫として奉りました。
この年は源氏の家から姫を出すよう定められ、源氏は変わりに惟光の娘を舞姫として選出しました。惟光は娘を宮仕えに出したいとかねてから大望を持っていたので、これを機に尚侍あたりに推挙してもらおうという魂胆なのです。
今では惟光も位が上がり、摂津守と左京大夫を兼ねて羽振りのよい生活を送っています。
そして今一人の源氏の側近・源良清も近江守となって左中弁を兼ね、大きく出世していました。
良清も殿上人の一人として娘を舞姫に奉るのです。
他に按察使大納言、左衛門督がそれぞれ秘蔵の姫を舞姫としてお出しします。
この神事は護国豊穣を司る祭事なので舞姫たちは厳しい修練を積み、本番の前日には帝の御前で試演なども行われます。
源氏は自分の娘の代わりである惟光の娘が務めを果たせるようお付きの娘達も器量のよい者たちばかりを選び出しました。

夕霧は失恋の痛手から立ち直れずに、二条邸・東院の自室にこもりっぱなしになっておりました。ふといつでも浮かんでは離れない雲居雁の面影が恋しくて学問も手に着かず、物も食べられない有様です。
出仕して気を紛らわそうにも六位の袍が恥ずかしくて参内する気力も起きず、ただぼんやりと無為に過ごしているのでした。
それでも新嘗祭が近づいてくるので邸は俄かに慌ただしく、お祭りムードで浮き立っています。
夕霧も少しは気が晴れようかと庭を散策することにしました。
普段は立ち寄れない西の対にも見咎められずに行き来することができるのも新鮮な気分になるものです。
西の対の女房達は美しい少年が池の端に佇むのを溜息をつきながら眺めていました。
「あれは夕霧さまではないかしら?」
「このように近くで拝見したのは初めてだけど、美しい若君ねぇ」
「これから益々男ぶりが上がられるに違いないわ」
「頭脳も明晰だという噂ですのよ」
「いずれ大臣にまで上られるに違いない有望株ですわね。落ち着きがあって上品な貴公子だわ」
夕霧は若かりし日の源氏に面差しが似て、さらに理知的な顔立ちをしています。品行方正の噂も高く、物憂げに水面を見つめる姿を女房達は見逃しません。
それでも夕霧の心には雲居雁のことばかりが浮かぶもので、苦悩にも似た愁いが美少年をなまめかしく見せています。

源氏は夕霧には厳しい躾をしていました。
紫の上がいる西の対には立ち入りを禁じ、御簾越しの対面でさえ許さなかったのです。
以前から考えていた通り夕霧の後見であり母親役は花散里の姫にお願いしておりました。
花散里の姫は源氏の愛息を任されたことを素直に喜び、若君の控えめで美しく、思慮深い様子を好もしく感じ、できる限りのことをしようと心を尽くして接しています。
そんな優しげで母性溢れる花散里の姫を夕霧も「花散里のおかあさま」と慕ってお側近くに伺候する毎日です。
そうした温かい人柄の方を世話役に選んでくれた父の配慮はありがたく思うものの、夕霧には父の隔てが寂しく感じられるのです。
源氏が夕霧を紫の上に近づけさせないのは、過去の自分を投影しているからでしょう。
若かりし日の源氏が藤壺の宮に恋い焦がれ、許されない罪に堕ちたことを息子に繰り返させない為であるとも考えられますが、何より紫の上を自分だけのものにしておきたいという男心がそこには垣間見られるのでした。

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