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紫がたり 令和源氏物語 第三百二十九話 若菜・上(二十三)

 若菜・上(二十三)
 
翌三月の十日過ぎに女御は無事に男御子を出産されました。
大騒ぎした割には安産で産後も順調であるのを源氏はほっと胸を撫で下ろし、春宮へ皇子の誕生をお知らせすると、それはもうお喜びになり、早速勅使を遣わされました。
春宮は一刻も早く我が子をご覧になりたくて仕方がないご様子です、と使者が喜びの口上に頭を垂れるのを、女御は期待通りに皇子をもうけられたのが嬉しく、神仏に感謝の念を奉げずにはいられません。
母となり子を愛しむ心が育まれ、無事に産まれてくれたことなどは自身の力だけではないと神妙な心持ちでいらっしゃるのが大人びたように思われます。
紫の上から受けた愛情という宝は女御の中にしっかりと根付き、新しい命へも注がれてゆくのです。
紫の上は若宮誕生を聞くとすぐに愛娘を労うために駆けつけました。
明石の姫が紫の上の姿をみつけて安堵したのは言うまでもありません。
「姫、大丈夫ですか?苦しくはないですか?」
「はい、大丈夫です。お母さま」
紫の上は自身が出産を経験しておりませんので、姫の手をとり、その手がしっかりと握り返されるのを確認すると、ほっと胸を撫で下ろしました。
「お母さま、どうぞ若宮を抱いてあげてくださいませ」
「なんとありがたいことでしょう」
生まれたばかりの子供というのはほんに小さくて、頼りなく、愛おしさが込み上げてくるものです。
近頃世を捨てたいとばかり考えていた紫の上ですが、このように尊く愛らしいものと別れなければならぬとなると辛いこと、と新たなほだしができたのをせつなくも嬉しく感じるのでした。
 
春宮の若宮が生まれたということはとりもなおさず次代も安泰という機運に満ち満ちて、それは盛大な産養(うぶやしない)の祝いが執り行われます。
普段仰々しくなく、というのが口癖の源氏もさすがに孫の誕生は晴れやかに祝いたいと許されました。
手狭な冬の御殿で盛大な宴を開くには不都合なので、女御と若宮を早々に元の東南の棟へ移されるのが祖母の尼君には寂しく感じられましたが、立派な祝いを受けることで世にその存在を認められることになろうと涙を呑んで堪えておられます。
賤しい身分でありながら後には帝にもなろうかという曾孫に恵まれて、尼君は明石にいる入道を思い、その心願が成就するものと涙を流しました。
源氏は若宮をいつまでも見ていたいと思うほど可愛く感じるのですが、次々と祝いの使者が訪れるもので、そうのんびりとはしていられません。
噂を聞きつけた親王方や上達部からは贈り物などが続々と届けられ、朱雀院や冷泉帝からも祝いの御使者が遣わされました。
若宮は日々成長されているようで、孫に恵まれた紫の上と明石の上の間には強い友情のようなものが芽生えておりました。
互いに素晴らしさを認め合い、仲良く分担し、譲り合いながら女御や若君のお世話をしているのです。
源氏はそんな女君たちの懐広い処を目の当たりにすると自分が疎外されているように感じますが、女人の仕事には口を出さぬのが円満であると悟ったようでした。

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