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紫がたり 令和源氏物語 第百四十七話 蓬生(五)

 蓬生(五)

こうした末摘花の一途な想いを露とも知らない源氏は赦されて帰京しておりました。
しかし朱雀帝の信頼が厚く政務に忙殺され、なかなか出歩くこともできません。そして多くの者が源氏に取り入ろうと始終邸を出入りするので、たまの休みにもその対応で忙しいのです。
源氏は失脚したことで人の心裡にある二面性というものを嫌というほど見せつけられました。
好意を寄せて近づいてくる者の腹のうちは如何なるものかと冷ややかな目で見ずにはいられないのです。
大后の目を気にせずに別れを惜しみに来た異母弟・帥の宮やはるばる須磨の浦まで訪れてくれた権中納言には真の友情を感じます。
花散里の姫からの文にもとても慰められ、御息所も変わらず想ってくださっていたことが嬉しくて、そうしてくれた人たちを何よりもの宝として大切にしていこうと思っていました。
時折は末摘花の姫のことなども頭によぎるのですが、消息も来ないのであまり気にかけてはいなかったのです。
兄君もおられるので元気で暮らしておられるだろう、くらいに考えて、まさか困窮して悲嘆に暮れているとは思いもよらないのでした。
末摘花の姫は源氏が帰京されたと聞いても一向に会いに来てくれないもので、やはり叔母の言うとおり源氏とは縁が切れてしまったかと思うと悲しくて仕方がありません。
暗い部屋で涙に濡れて、鏡を覗きこむと、ぼんやりと赤い鼻だけがみすぼらしく映ります。
わたくしは何故もう少しだけ美しく生まれてこなかったのかしら。
せめて賢さもあればよいのだけれど、こればかりは今さらどうしようもないことだわ、とまたはらはらと涙がこぼれます。

その年の秋に源氏が亡き桐壺院の追善供養として法華御八講を開かれるという話が巷でもちきりになっておりましたが、末摘花の姫は人との交わりも無いのでそのようなことはまったく知りませんでした。
その知らせをもたらしたのは事後、皮肉にも兄の禅師の君が訪れて法会が行われたことを聞いたのです。
源氏は優れているという名だたる僧侶たちを招いて法会を行ったので、禅師の君も臨場したのです。
兄君は珍しく顔を上気させて、法会の素晴らしかったことを熱っぽく語りました。
「源氏の君はまた一段と男ぶりが上がられて、名のある僧侶たちが読経するのも壮観であった。極楽にいるのではないかと思われるほどの尊い催しでなぁ。あの御方はほんに仏か菩薩なのではあるまいか」
兄君は源氏との関わりを知らぬわけではないのに、と姫は辛くなってまた涙がこぼれました。
禅師の君はそれとも気付かずに事細かに優れた点を熱心に話し続けております。
目の前が暗く塞がり、姫の耳にはもう何も届かないのでした。

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愛猫オシリス


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