見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第ニ゙百九話 玉鬘(二)

 玉鬘(二)
 
時は経ち、夕顔の忘れ形見である幼い姫は貴族の姫らしく、上品で美しく気高い様子でしたので、乳母とその夫は夕顔の御方と思って姫にお仕えするよう筑紫での日々を過ごしておりました。
さて、あの懐かしい女主人の夕顔はどうしてしまったのか、などと時折には思い出すこともありましたが、乳母の夢に夕顔が立つこともあったので、それはやはり君はもうこの世にはいないのだと思われるのです。それにしても恐ろしいのは夕顔の君の傍らにはいつも妖しげな見知らぬ美女が寄り添っているもので、これは奇禍に巻き込まれたに違にないと察せられるのでした。

姫のお父上は身分高いお家柄、いずれ大臣にも上られるという貴族です。
立派にお育てしていずれ引き合わせることが己たちの務めであると家族で心を固めました。
もともとこの乳母も教養のある人なので、姫が少し大きくなられると読み書きなどを教え、一通りの教養がつくように大切に養育しております。五年の任期が終われば太宰少弐は再び京に戻ることになるので、そうすれば姫君の身の振り方は京に戻ってからでよい、というように考えていたのでした。

ところが五年の任期が明ける頃、頼りである太宰少弐が病に倒れました。
小弐は身分高い姫をなんとしてでも京へお連れしたいと病床に三人の息子を呼びました。長男の豊後介(ぶんごのすけ)、次男の次郎、三男の三郎です。
「我々の都合でこのような田舎に姫を埋もれさせてはならぬ。なんとしても都へお連れするのだ。私が亡くなっても供養なぞしなくてもよいので、姫のことだけを考えるのだぞ」
豊後介は父の遺言を胸に刻み、涙を流して誓いました。
「父上の御志はこの私が継ぎます。必ずや姫を京にお連れしますので、どうぞ心安らかになさってください」
「姫、申しわけありませぬ。私はどうやらここまでのようですが、息子が必ずや姫を御父上に引き合わせてくれるでしょう」
少弐はもうすぐ十歳になる美しい姫に申し訳なくて涙を流し、心から姫に幸せが訪れるようにと願いながら息を引き取りました。
しかしながら現実は厳しいもので、父の遺言はありましたが、少弐という身分では蓄財が十分ではありませんでした。
一族みなですぐに京に上るというわけにはいかないのです。
それにこの頃には姫の父君はやはり考えていた通りに政を一手に担う立場に上られておりましたので、一受領である身分低い者としてはどのように伝手を辿ればよいかというのも頭の痛い問題でした。
いつかは必ずと思っていても、日々の生活に追われ、あっという間に十年近くの時が経ち、二十歳を迎える姫は益々美しく成長しておりました。
夕顔の君よりもずっと美しく尊く感じられるのは、やはり高貴な血筋のせいでしょうか。気品があって物腰も優美なのです。
狭い田舎のことで、次第にその美貌は噂となり、近隣の名士や富豪などが結婚を申し込んでくるようになりました。
乳母は姫の素性を隠して少弐の孫ではあるが、事情があって鄭重に扱うべき姫、というように使用人にまで秘密にして、邸の奥深くで大切にかしずいていたのですが、あちこちから送られてくる求婚の手紙に頭を悩ませています。
「姫は大臣家の血を引く尊い御方なのですよ。こんな田舎の金持ちなぞは身分が釣り合うわけもありませんよ」
家族の内ではそのように憤慨しておりますが、表向きには体に不自由があるので、と丁寧に縁談をお断りしています。
時折意地の悪い者がふられた腹いせに、
「亡くなった少弐の孫は五体満足ではないとな。妙齢でも惜しいものよ」
などと邸近くで悪態をつくのも口惜しく、乳母はひたすら神仏に姫にご加護をと祈りを奉げるのでした。

次のお話はこちら・・・


この記事が参加している募集

#古典がすき

4,115件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?