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紫がたり 令和源氏物語 第二百六十七話 藤袴(二)

 藤袴(二)
 
夕霧はつい軽率にも告白してしまったよ、と玉鬘姫の不興を恥ずかしく感じましたが、あの野分の日の源氏と玉鬘の痴態を垣間見ていささか姫を軽く見ているようです。あの様子ではとても玉鬘が純潔とは思えないのでした。
そのような身でよくもお高く留まっていることよ、と鼻白む思いです。
ほんの戯れもありましたが、やはり宮中に上げるのは惜しく、自分でもこれほど思い乱れるものを父源氏はいかな胸中であるのかと探ってみたくなる夕霧です。
何食わぬ顔をして源氏の御前に伺候しました。
「夕霧よ、玉鬘はやはりまだ宮仕えを迷っているようか?」
「はい。どうも秋好中宮や弘徽殿女御の手前、尻込みをしているように見受けられます」
「あの姫ならばしっかり務められようとは思うのだが、螢宮が熱心に口説かれるので揺れているのかもしれぬな」
「そのことですが、このまま宮中に上げて兵部卿宮さまは不快に思われるのではありませんか?父上とは御昵懇ですのに」
「そこが辛いところよ。尚侍という身分なのでいっそ螢宮と結婚させて純粋に女官としてお仕えさせても良いがなぁ。こればかりは実の親でもない私が決めるわけにはいくまい」
夕霧は父が本当にこのような了見か測りかねました。何しろあの野分の日に見た情景では明らかに男として玉鬘を腕に抱いていたからです。
「そもそも夕顔が娘を頼むと遺言したから私の手元に引き取ったものを螢宮にも髭黒殿にも恨まれるとは心外であるな。内大臣こそ私が大切にかしずいているから玉鬘を重んじるのだろう。近江の君をご覧なさいよ、気の毒なことに。まったくおせっかいをやいて恨まれるのは辛いなぁ」
夕顔の遺言などと、源氏はご自分に都合よく嘘を交えてお話になる。
夕霧は核心を探るべく踏み込んだ話を持ち出しました。
「これは非常に申し上げにくいことなのですが、六条院には紫の上さまや花散里のお母さま、数多の女君がおられ、身分の低い玉鬘姫を同等には扱えぬことから見捨てついでに素性を明らかにして宮仕えに出すのではなかろうか、そう内大臣がこぼしていた、というのを人づてに聞いたことがございまして・・・」
「内大臣もまぁずいぶんな邪推をなさるものだね。私がかいがいしく玉鬘を世話したせいで疑っておられるのだな」
源氏は涼しい顔をしておりますが、あながち間違った推量ではなかったようだと夕霧は納得しました。
そしてなすがままにされていた姫君の心中も結局は父源氏に従うということか、そう思うとあの美貌も色褪せて思われるようで、玉鬘に対しての執着も自然に霧消するのでした。
源氏は内大臣が自分の心を看破しているのにぎくりと冷や汗をかきましたが、そのように思われているとなると、却って自重して身の潔白を明らかにして内大臣の鼻をあかしてやりたいと意地になるところです。
しかし玉鬘を前にするとどうにも理性の箍が外れそうで、危ういまでに姫にのめり込んでいるのでした。

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