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紫がたり 令和源氏物語 第二百八話 玉鬘(一)

 玉鬘(一)
 
源氏は六条院や二条の東院に縁を結んだ女性たちをすべて集めたことで今まで気に懸かっていたことの多くが解消されたように感じておりました。
しかし胸の奥で小骨がつかえたようにいつまでも痛むことがまだひとつあるのです。
みなさんは夕顔を覚えていらっしゃるでしょうか。
源氏が心を飾らずに愛したあの素直で可憐な女人です。
彼女が頓死してから時はすでに十八年近く経っております。
それでも源氏は彼女を忘れられず夕顔の面影を求めて数多の女人達と縁を結びました。
源氏が気に懸けていることというのは、夕顔の忘れ形見の姫の行方です。
夕顔の死は公にはされず、源氏自身病んで臥せってしまったので、姫を手元に引き取ろうとした時にはすでに行方がわからなくなっていたのです。
源氏は近頃ふとした折にその姫の存在を思い出すことがあり、それはその姫との巡り合いが近い予兆かもしれぬ、と密かに考えております。
夕顔の死を共に乗り越えた女房・右近の君は源氏の元に身を寄せ、今では紫の上のお側近くにお仕えしております。
須磨・明石へと源氏がさすらった折にも紫の上をしっかりと支えたので、今では古参の信頼おける女房として敬われているのでした。
右近の君も忘れ形見の姫を忘れたことはありません。機会があれば探し出したいという気持ちが常にあり、それとなく聞いて歩いたりはしていたのですが、行方は杳として知れないのでした。
今生きていれば花もほころぶ年頃になっているでしょう。
夕顔に似た美しい姫に成長しているに違いないと、神仏に姫の無事と引き合わせて下さるご縁がありますようにと祈る毎日を送っています。
彼女は紫の上に仕える身ではありますが、今でも心の中では夕顔を慕っているのです。
もしも夕顔の君が生きておられれば、あれだけ源氏の寵愛深かった御方ですから四季の御殿のどれかの女主人になったであろうと思うだけで悔やまれてなりません。
源氏はさびしく感じる宵にはよく右近を側に召して女主人の思い出話などをしていたもので、その愛する気持ちに翳りはなく、きっとお幸せになっていたであろうと確信するのです。
 
 
それでは夕顔の忘れ形見の姫がどこでどのように暮らして、今どこにあるのかをお話し致しましょう。
時は遡って十八年前のことになります。
女主人である夕顔が突然失踪してしまい、五条の邸では使用人たちが途方に暮れておりました。
通っていた男(源氏)は受領あたりの者で、地方にある任国に女主人を連れ去ってしまったのではあるまいか、といろいろと推量しましたが、女主人を探そうにもどこを訪ねてよいのやら。
連れ去った男の身元もわからぬでは雲を掴むような話なのでした。
まだ三歳ばかりの残された小さな姫をどうしたらよいものかと乳母と使用人たちは頭をつきあわせて悩んでいるのです。
「御方さまが姫を見捨てるはずはありません。きっと落ち着かれたら消息をよこされるのではないでしょうか」
「そのように分別のある男に連れ去られたならばとうに連絡はよこしているでしょうよ」
「それではやはり御父上の頭中将さまにお知らせして、姫を引き取っていただいてはどうかしら?」
「頭中将さまに御方さまのことを聞かれたらなんといえばいいのでしょう」
「それに今さら顔も忘れてしまっているような姫を中将さまは可愛がってくださるかしらねぇ?」
「そうよね。あの恐ろしい北の方の元に姫をお預けすることになったら気の毒だわ」
みなでいろいろと話し合いましたが、なかなかよい結論は出ません。
そのうちに女房たちは一人、また一人と新しい勤め先を見つけて五条の邸を去っていきました。
残るは乳母とその娘たちばかり。
乳母の夫は受領だったのですが、太宰の少弐に昇進したことで任国・筑紫へ赴かなければなりません。
いろいろと考えた挙句、乳母はこの姫も伴って大宰府に下ることにしたのです。
夕顔が中将の北の方から隠れるように五条に住んでいたことから、中将に姫の居場所を知らせても、姫が幸せになれるとは到底考えられなかったからです。
乳母もその夫も女主人に代わって心をこめて姫をお世話しようという心優しい人達なのでした。

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