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紫がたり 令和源氏物語 第五十八話 葵(一)

 葵(一)

桐壺帝は花の宴を終えて大変満足されておられました。
優れた公達が集い披露した詩文はどれも素晴らしいもので、これほど才能溢れる若者たちがこの国にはある、と感じ入り、心底頼もしいと思召したのです。
勿論その筆頭たるが源氏の君なのですが、頭中将の詩文も工夫がみられ、他の者もそれぞれに優れた資質を垣間見せておりました。
世の移り変わりをしみじみと感じられたことでしょう。

藤壺の中宮がお産みになった皇子は四歳になり、近頃御身体もしっかりしてこられました。
可愛い盛りの愛し子を守るには、帝の力が及ぶ間に次の東宮と定めることが肝要になってきます。
若き世代に国を譲る時が来たとご判断されたのでしょうか。
帝は譲位する宣旨(せんじ)を下されました。
次の帝になられるのは弘徽殿女御がお産みになった第一皇子です。
即位され、朱雀帝(すざくのみかど)と仰せになられました。
そして桐壺院となられた父君の意向で、藤壺の中宮の皇子が無事に立太子の儀を終えられて、春宮にお立ちになりました。
源氏は父院の速やかなご判断をさすがと感服ましたが、後ろ盾が無くなったように寂しく感じられます。
自らは大将に昇進し、頭中将も三位中将と位が上がりましたが、天下は右大臣の権勢が勝っていて、今までとはまるで違うような世の中に様変わりしたので面白くありませんでした。
桐壺院はご健在のものの、藤壺の中宮と共に御所を出られ、夫婦水入らずで仲睦まじく穏やかな日々を送られております。

さて、帝が変わられると伊勢の斎宮と賀茂の斎院も代替わりされるのが世の習いでございます。
伊勢神宮は皇室の氏神である皇神大宮(天照大御神)を祀られたお社ですし、賀茂の二つの神社は護国を司るお社。
伊勢の斎宮と賀茂の斎院とは、帝の名代として神にお仕えするお役目で、その任にあたるのは皇室の未婚の姫と定められておりました。
朱雀帝が即位されるにあたり、賀茂の斎院には弘徽殿女御がお産みになられた姫宮(女三の宮=現帝と妹姫)が任命され、伊勢の斎宮にはあの六条御息所がお産みになられた姫宮が選ばれました。

さて、これは女人の胸の裡でのこと。御息所は源氏の足が遠のいていることを心底嘆いておられました。
この愛執を断ち切るには娘と共に伊勢へ下るしかない、とさえ思いつめておられたのです。
二人の仲はすでに世に知られています。
先の東宮妃として尊ばれ、貴公子たちの憧れの的であった威厳はすでにありません。
この時代、正妻(北の方)は一人というのが当たり前でしたが、源氏のように身分の高い者は二人、三人と持つ場合もありました。
世に知られたからには対面を保つ為にも源氏の正妻に納まりたい御息所でしたが、歳若い源氏に女の方からどうして申せましょう。源氏もその辺りは御息所に甘えて曖昧にしているので、御息所の心は益々疲弊していくばかりです。
まだ幼い姫宮の為にもいっそ何もかも捨てて心安らかに暮らしたいものだと願わずにはいられません。
そうしてどこから漏れたのか、御息所の伊勢下向の噂はまことしやかに広まっていきました。

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