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紫がたり 令和源氏物語 第四百九話 夕霧(十二)

 夕霧(十二)
 
御息所は一晩経っても夕霧の返事が来ないのを絶望的な思いで憎く思っておりました。
その息遣いは荒々しく、御息所はもうご自分に残された時間が少ないことを悟っていらっしゃいます。
愛娘が涙を流して萎れているのが不憫で、最後まで守れぬことが悔しくてなりません。
宮は母君の嘆きは自分と大将のことを気に病まれてのこと、そこに物の怪がつけ込んでいるのだと思うと大将の仕打ちが恨めしくてならないのです。
御息所は最後かもしれぬと思うと宮の手を取られ、心残りのことすべてを話してしまわれようと無理をなさる。
「今更口うるさいことを申し上げたくはないのですが、わたくしにはもうこの世に留まる力が残っていないように思われますので、遺言として聞いて下さい。この度の夕霧の大将のことが悔やまれてなりません。起きてしまったことは仕方がないにしてもこれから先は充分に身を慎まれるのですよ。柏木の君とご結婚されたのは御身の過失ではございません。今回のことは大将の心得違いとしかいいようがありませんねぇ。もしも普通の夫婦のように宮さまに対する愛情を示されるのであれば赦してもよいとさえ考えておりましたのに、ただの一夜かぎりで手紙のひとつもよこさないとは口惜しゅうございます。わたくしが送った手紙も後々災いの元にならねばよいかと心配でなりません。ああ、人に劣るところなど微塵もございませんのにどうして宮さまはこのようにご苦労されるのでしょう。おいたわしい」
御息所は縷々と涙を流されました。
やはり母上は大将とのことを誤解しておられる、と悔しく思われる宮ですが、息も絶え絶えの有様に今更弁解した所でもう何にもならないと手を握られたまま泣いておられました。
そうしたところに夕霧の手紙が届きました。
御息所は側に控える女房にその内容を読ませました。
 
御息所さまの珍しいお手紙と拝見させていただきましたが、『一夜ばかりの宿を借りけん』と咎められるようなことは何もございませんでした。
 
秋の野の草のしげみはわけしかど
      仮寝の枕むすびやはせし
(お見舞いの為に秋の野辺を踏み分けて参りましたが、宮とは仮初の契りを交わしてはおりませんよ)
 
弁解するのも違うように思われますが、昨夜訪問しなかったのは契りを交わしておりませんのでお咎めは心外でございます。
 
それを聞かれた御息所は世に噂は広まってしまったものを、このようにご自分の釈明ばかりを並び立てている薄情さと思いやりの無さに失望されました。
「ああ、宮がおいたわしい」
涙を一筋流され、大きく息を吸い込むと、そのまま息絶えられてしまわれました。
まさに憤死。
「お母さま・・・」
宮は母君が亡くなられたと知るとそのまま崩れるように気を失われてしまわれました。
いっそこのまま母上と共に冥府へ下りたい、宮は消えゆく意識の中でそう呟かれたのでした。

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