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映画「シン・ゴジラ」 巨災対の尾頭さんが【虚構】である理由

現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」のキャッチフレーズのもと、極めてリアルな日本の政治官僚組織が虚構の存在・ゴジラに立ち向かう設定で2016年に大ヒットした映画、シン・ゴジラ。

作中で登場するゴジラ対抗組織「巨大不明生物災害対策本部(通常:巨災対)」には、生物学出身と思われる女性:尾頭ヒロミが登場し、生物学に関する見識を遺憾無く発揮し、他のメンバーと共にゴジラ対策へ多大な貢献を果たした。

だが、現実には仮に巨災対のような組織が招集されても、尾頭さんのような女性が抜擢される可能性は極めて少ない
重要な政策決定の場や会議のメンバーとして女性がいないことは世界中でも問題視されているが、とりわけ日本における対策の歩みは遅い。

尾頭さんのような女性が巨災対に参加することが、それはゴジラに負けず劣らずくらい、この映画における「虚構」であると言える理由。
それは女性の活躍を阻む「オールド・ボーイズ・ネットワーク」にある。

リアルな「理系の女あるある」設定、尾頭さん

まずはシン・ゴジラ未視聴の方向けに、尾頭さんの人物設定を解説しておきたい。

・肩書きは【環境省自然環境局野生生物課課長補佐】(長い!)

・年齢設定は不明だがおそらく3〜40代くらい(演者は当時38歳とのこと)

・化粧っ気もお洒落な装いもなく寝癖上等、常に無口無表情で、たまに口を開けば早口でまくし立てる

・主人公の秘書官、志村の大学時代における先輩

・官邸がゴジラ分析のため優秀な学者を探していた際、矢口が大学時代の先輩である彼女を紹介し、その流れで巨災対へも参加することに

理系大学出身の女性である筆者からすれば彼女のような振る舞いは正に「あるある」で、「現実VS虚構」のキャッチフレーズに負けないくらい良い意味で理系にいる女の「現実(リアル)」な設定の尾頭さんには非常に好感を覚えた。

なぜなら、残念ながら理系の世界は男性優位である故に、それを取り扱ったサイエンス・フィクション(SF)の女性登場人物は、男性の理想的な虚構を反映した人物設定であることが多々あるためだ。


例えば、「シュタインズ・ゲート」という大ヒットゲーム作品の人物設定にはこの世情を如実に反映したような人物設定であった。

男性主人公とその男友達は「国内の中堅国立理系大学に通う、何処にでもいそうな見た目も冴えないオタク男子」な設定に対し、この作品に出てくるヒロイン女性研究者は「アメリカの超名門大学に通って優秀な業績を挙げる才色兼備な若い女性」であったりする。


男女問わず、理系の研究者が世間から変人として冷たい目を向けられるのはよくあること。
しかし理系出身女性の筆者としては、こういった作品設定を見るたび
「サイエンス・フィクションは理系男性の【リアルな生き様】を肯定的に取り上げてくれるのに、理系女性の【リアルな生き様】は取り扱ってすらくれないのだな・・・」
と嫌気が差すことは少なくない。

だからこそ、シン・ゴジラで描かれた尾頭さんのリアルな「理系の女あるある」キャラ設定には非常に好感を覚えた。
一方で「現実に尾頭さんが巨災対のような組織に抜擢されることはないだろうな」と思える現状が、残念で仕方がない。


尾頭さん最大の虚構設定は何だったのか

尾頭さんの虚構設定。それは
優秀な学者として志村から専門家会議へ紹介してもらうことができた
ことである。

現実の(理系に限らず)女性にとって、このように重要な機会で抜擢されるチャンスが与えられることは極めて少ない。
これはジェンダー差別研究の世界で「オールド・ボーイズ・ネットワーク」と、れっきとした名前までついている現象なのだ。


書籍「抜擢される人の人脈力」の著者でもあり、女性活躍支援もされている岡島悦子さんは、このように解説する。

「オールド・ボーイズ・ネットワーク」とは社内外の公式、非公式の組織や人脈のことを指します。
社内の派閥、飲み仲間、業界の勉強会、経営者団体等々、形態や目的はさまざまです。
男性はたいてい一人で複数のグループに属しており、お互いに情報交換をしたり、時には仕事上の便宜を図ったりしています。
このアンダーグラウンドの活動が社内政治を制することさえあるほどです。しかしほとんどの場合、女性はこれらのグループのメンバーではありません。


オールドボーイズネットワークに入れないことの弊害は大きく二つある。

1. ネットワーク外にいる女性の存在自体が見過ごされる
2. 存在を知られていても実力を過小評価される

言い換えれば、現実ならおそらく尾頭さんのような女性は、志村のように有力な男性にはその存在自体を知られていなかったか、知られていたとしても優秀だとは思われていなかった可能性が極めて高い。


私が実際に経験したオールド・ボーイズ・ネットワーク

この二つの弊害について、実際に私にも大きな心当たりがある。
私は学生時代、尾頭さんのように「男性が女性に求めるような、可愛らしい見た目と振る舞い」をすることは決してなかった。
それを大学入学式当日に揶揄されて涙ながらに帰った、「大学時代最初の1日」が「大学時代最も最悪な1日」となってしまった経験もある。

この苦い体験から、ますます男性不信に陥って学生時代を過ごした結果、男子学生同士のコミュニティに入る機会は一切なかった。
卒業後にも連絡を取り合ったりするくらいの良好な関係を築いた男子学生は誰一人としていない。
劇中で尾頭さんのあだ名は【一匹狼】だが、私の学生時代もまさにそんな様相を呈していた。

かつての同窓生が今何処かで活躍していて、何かの機会に私に相応しい活躍の舞台を見かけたとしても、彼らが私に声を掛けることは決してないだろう。
まさにオールド・ボーイズ・ネットワーク1つ目の不利益
存在自体を見過ごされる」である。


そして大学生の風物詩に「期末試験問題の過去問を先輩から手に入れて対策する」といったものがある。
だが私は、先記のように男子学生同士のコミュニティに入れなかった結果、過去問を手に入れる伝手もなかった。

過去問を手に入れて試験対策できる男子学生。
過去問手に入れられず自力で試験勉強を頑張るしかなかった女子学生。

試験の点数という名の尺度で測れば、本人の能力とは関係なしに間違いなく男子学生の成績は良くなり女子学生の成績は下がる。
これがオールド・ボーイズ・ネットワーク2つ目の不利益
女性の実力が過小評価される」だ。


幸いにして私のいるITの世界では、プログラミングの授業だけは過去問試験対策など通用しなかったため、完全ではないにせよ著しく実力を過小評価される事態を免れた。

この授業には自分でプログラミングを書いて提出する課題があったが、他人の解答をコピペして単位を取ろうとした男子学生は、教授が開発したカンニング発見プログラムにより容赦なく単位を落とされた。
(プログラミングというモノは各個人のクセが如実に出るので、専門家たる教授であれば見破るツールを作ることも可能だったのである!)

他方、コピペではなく自分で解答を書ききった私は教授から「Sランク」を与えてもらった。

この世界でなければ私は間違いなく過去問の入手可否で試験という名の実力判定結果が左右され、男子学生より不当に低い実力評価をされ続けていたに違いない。


尾頭さんのいる生物学の世界は、プログラミングのように分かりやすく本人の実力だけで勝負できる分野がある訳ではない。
尾頭さんと志村の関係性をリアルに描くなら、学生時代の志村は尾頭さんのことを知る由もなかったか、彼女のことを「優秀」だと認識する機会は−−−それも官邸が専門家をわざわざ探すような重要な局面で紹介するほど−−−
皆無だったはずだ。

かくして現実の尾頭さんはどれほど優秀であっても、巨災対に参加することはない。

だから「巨災対における尾頭さん」は「シン・ゴジラの虚構」なのだ。

マイノリティ女性の孤立による不利益を「本人のせい」にしてはいけない

この現象が恐ろしいのは、明示的に女性の参加を禁止したり点数を操作したりする差別とは違い、ネットワークから女性を排斥している男性側はおろか、排斥されている女性側にもこれが紛れもなく「マイノリティへの理不尽な差別」であることに気付けないこと、そしてこれが尾頭さんのような性格的な問題がある女性でなくともに起き得ることだ。


私は当初、大学時代の自分が孤立したことは、単に自分のコミュニケーション能力のなさのせいだと思い込んでいた
社会人になってこれが、私のような極端な性格の人間でなくとも多くの女性たちが直面する問題であると知り、自分のコミュニケーション能力とは関係なしに不利益を被っていたことを後になって知った。


子供時代を思い返してみれば、自分とて男子学生ばかりの理系の世界に入る前は共学の学校に通っていて、少ないながらも女友達を作ることはできていた。
私が完全に孤立したのは男性ばかりが大半を占める大学時代だけであり、この点を鑑みても単純に各個人のコミュニケーション能力とは関係なしに理不尽な目に遭っていたのだとわかる。


この問題を学生時代に誰かが教えてくれていれば、自分でも対策が打てたのに。
いやそもそも学校や社会がこの問題に対処するために積極的に行動してくれていれば、私の大学生活はもっと実りの多いものになったのではないか・・・。

オールド・ボーイズ・ネットワークに入れなかったことで被った不利益にいくら歯噛みしても、時計の針は元に戻らない。


ましてや当事者でない男性に至っては、この問題についていくら丁寧に説明しても「意味がわからない」「本人のコミュ力のせいだろ」と軽視されることも少なくない。

この問題に対応するための活動、例えばイベント登壇者や企業幹部の女性比率目標を高めようとする動きには、問題の存在そのものが認められていないのだから「逆差別だ」「えこひいきだ」と激しい反対運動が巻き起こる。

だがこの問題は放置すれば女性の地位を不当に貶め続けることであることは、この問題への対策が進んでいて重要な地位に就く女性が多い欧米と、そのような女性は圧倒的に少ない日本との差を見れば明らかになる。


オールド・ボーイズ・ネットワークへの認知と対策が世間で進まなければ、残念ながら「巨災対における尾頭さん」は永遠に「シン・ゴジラの虚構」となってしまうだろう。

#COMEMO #NIKKEI


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