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デジタル庁成功に多様性ある人材が欠かせない理由

新政権肝煎りの政策であるデジタル庁について、担当大臣の平井氏がトップに(民間の)女性を起用する方針を示した。

性別ありきの選定に反対する声は強いだろうが、是非ともこの発言を有言実行していただきたい。
むしろ仮にこれで反対派の意見によって頓挫するようでは、デジタル庁の失敗は火を見るより明らかな理由がある。

というのも、私は女性エンジニアとして長年デジタルの世界を観察してきたが、この業界は既に人材の多様性のなさ故に深刻な被害を生み出し、それがひいてはこの国のデジタル化の遅れを招いてきたのを何度も目の当たりにしたからである。

その弊害を解決するために、トップのみならず庁内の人材に多様性を確保することが欠かせない

海外に比べて日本の技術系会議にはどれだけ女性が少ないのか

「デジタルの世界は海外のいろいろな会議に出てもほとんど女性だ。日本のデジタル系の会議は真っ黒、男ばっかりだ」

これは男性ばかりでジェンダー問題に関心がない日本のIT界隈ではあまり認知されていないが、日本の遅れを示す重大な現実でもある。

海外では技術系会議の女性登壇者を取り巻く現状がきちんと調査研究されている。
こちらの研究によれば、過去3年間(2017-2019)の基調講演(会議で目玉となるセッション)での女性登壇者の割合は28%だったという。

私も海外に比べても日本の技術系会議における女性が少ないと思って具体的な割合を調べようとしたのだが、そもそも上記に匹敵するような調査レポート自体が日本では見つけられなかった
業を煮やしてとうとう自分でテックイベント書き起こしサイトの情報を収集して分析したことがある。

結果、2014年から2019年までの会議登壇者の女性割合は僅か9.7%であった。
計測期間は違うものの、日本では目玉セッションでない一般のセッションを含めてもこの割合なのだから、大臣の言うような

「デジタルの世界は海外なら女性がいる」
「日本は男ばかり」

が的を得ている認識であることは間違いない。

日本のデジタルにおける多様性の無さを懸念し、このような自主研究までしていた人間としては、デジタル庁を担当する大臣がこの認識を持っていたことにひとまず安心している。

デジタルの世界が男性ばかりである弊害

そもそも企業の管理職や政治の場に、なぜ女性やマイノリティなどの多様性がなぜ必要か?
それは意思決定の場が偏った人材で構成されていると、無意識のうちに偏った側の人材にとって有利で、女性やマイノリティにとっては不利な決定がなされてしまうから。

今のご時世、デジタルの世界に限らずどの業界にも多様性が求められる理由はこれだ。
デジタルの世界は、この弊害が現実に大きな災いをもたらしている業界でもある。

例えば、アップルの健康管理アプリに人口の約半分を占める女性にとって重要な生理機能が追加されたのは、初期リリースより随分と後回しにされてしまったことがある。
その一方で銅摂取量記録やらセレン摂取量記録やら、果たしてユーザーの何割が使うかも分からない機能がたくさん先に実装されてきたにも関わらず。

なぜそんなことが起こったかと言えば、実際に製品を開発するエンジニアや機能設計をするマネージャに男性が多く、女性にとって必要な機能が見落とされたか軽視されてしまったから。

たかが生理機能がないくらいで怒るなよ、死ぬわけじゃあるまいし。そう思う人もいるかもしれない。
だが実際に女性を死なせてしまうレベルでの「多様性がない故の過ち」は、デジタルの世界の前身とも言えるテクノロジーの世界で発生しているのだ。

とある研究グループが、アメリカの交通事故に関するデータ10年分を調べたところ、交通事故による死亡と負傷は、女性のほうが多いことがわかった。シートベルトを締めた状態でも、女性ドライバーのほうが男性ドライバーよりも約1.5倍、重傷になるケースが多かったのだ。
原因は、車の安全機能が男性を念頭に置いてデザインされているからだ。たとえば一般的なヘッドレストの位置だと、身長の低い人の首を十分に支えられない※。

(ジョナサン・シャリアート、シンシア・サヴァール・ソシエ著 
「悲劇的なデザイン あなたのデザインが誰かを傷つけたかもしれないと考えたことはありますか?」より)
※Vulnerability of Female Drivers Involved in Motor Vehicle Crashes: An Analysis of US Population at Risk


私自身小さい頃からコンピュータが大好きでこの世界に関わっていたが、「これは男性のことしか考えていないよな・・・」と思う場面には、もはや数えきれないほど遭遇した。

明らかに男性の体格を前提として作られた筐体。
男性の握力でなければ動かない機構。
男性受けのいい清楚な女性やエロティックな女性ばかりを起用するマーケティング。
男子トイレしか存在しない工学部の建物・・・。

女性は機械に弱い?
テクノロジーの世界自体が、そもそも男性用にしか設計していないのだ。

性別だけでなく年齢多様性のなさも危ない

女性が機械に弱いことで責められることはあまりないが、高齢者がITに弱いことは何かと社会的に責められている。
コロナのさなかは日本のデジタル化の遅れはITに関して保守的な高齢者のせいである、と声高に非難する記事は毎日のように出ているのではないだろうか。

しかし、シニア女性アプリ開発者、若宮さんはそのような世間の見方に対して、こんな辛辣な反論をしている。

スマートフォンは年寄りが使うということを想定していない。
だから指が乾いている年寄りにはスライド操作も難しい。
スキルの問題ではなく、年寄りの都合を考えられていないものだということ。
そして、私たち年寄りからすると、若い者のために若い者が作った道具であるスマートフォンはアプリも含めて全く面白くない

高齢者がデジタルに保守的、というのは明らかに真実ではない。
そもそもデジタル自体が高齢者でも使いやすいような考慮が全くされてない。

現役世代が現役世代のことしか考えていないデジタルを設計しておいて
「年寄りがデジタルに保守的なことがこの国のデジタル化を遅らせる云々・・・」。

このような論調がまかり通っていることはデジタルの作り手側にいる人々の無責任で他責な態度だし、これが改められない限り間違いなく本当のデジタル化が進むはずもない。


今回の記事ではわかりやすい例として性別や年齢を取り上げたが、同じ問題は
「日本人しかいないことで多言語対応が行われず日本に住む外国人が使えない」
「健常者しかいないことでアクセシビリティの配慮が行われず、身体にハンディキャップのある人が使えない」
など、およそマイノリティと言われる様々な属性において起こっている。

だからデジタルの作り手には、この問題点を自ずと気付き改善できるように構成する人材の多様性向上が不可欠なのだ。


それにはデジタル業界の人材構造の改革ももちろん必要だが、この国のデジタル改革を進めるトップであるデジタル庁が旗印となって真っ先に推し進める必要がある。

デジタル庁の人材は多様性を確保できるか

日々情報収集をしていて個人的に最も恐ろしいと感じているのは、こういった多様性の欠如から来る社会の危険について、ほとんどが海外の研究者やメディアの発信しか見かけないこと。
日本にこの手の差別がないわけがないことは、冒頭で引用した登壇者の割合を見れば明らかであるにも関わらず。

デジタル庁のあり方について、産業界からお偉方があり方についてあれやこれやと注文をつけているが、私が見たところ現時点において人材の多様性確保を注文した話は全く聞こえてこない
そんな申し入れを誰もしない、仮にされていたとしてもメディアが報道していない、ということではないか。

日本においてはあまりにも意思決定の場において多様性に欠け過ぎていて、この手の問題解決を目指す動き自体がされていないか、しても業界主流派の現役男性達に黙殺されてしまう・・・正直言ってこれが、幼少期よりこの業界に身を置いてきた私の実感だ。

幸いにして今回、大臣は女性トップを抜擢する意向のようだが、上記のように多様性欠如がもたらす問題への認知自体が進んでいない以上、実際の人選には反発の声で難航する様は想像に難くない。

仮にトップへ女性を据えることに成功したとしても、庁内に集めた人材に多様性欠如がもたらす危険性への理解がなければ、トップ女性を「えこひいきで選ばれた女」「お飾り」などと軽視し、リーダーシップを発揮できない事態に陥る可能性は極めて高いのではないか。

デジタル庁の人材採用条件に
多様性の必要性を理解できていること
を絶対に動かせない採用ボーダーとして設定するくらいの強固な意思決定が必要だと思う。


まずはトップの女性採用が有言実行できるか。
そして庁内人材を多様性に理解ある、性別のみならず年齢や人種などその他の属性においても多様な人々で構成できるかどうか。

それは間違いなくこの国のデジタルを
「現役男性による現役男性にしか使えないデジタル
から
「本当に日本で暮らす全ての人が使えるデジタル」
への改革を進められるかどうかの鍵を握っている。


#COMEMO #NIKKEI

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