マガジンのカバー画像

短編小説集

37
自作の短編小説を集めてあるよ。ジャンルフリー。
運営しているクリエイター

#ホラー

妄想の桃

 昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいたと思われる痕跡が残されていました。  おじいさんは病に倒れ待つのは死ばかりに、おばあさんは嘆きのあまり川で入水したというのが近所でまことしやかにささやかれていたうわさです。おじいさんの親戚から『連絡が取れない』との通報を受けた警察が家の中に立ち入ってみると、現実はうわさとはまるで合致しないではありませんか。現場に緊張が走りました。  残念なことに、おじいさんが亡くなっているのは事実でした。家の中に遺体がそのまま放置さ

さがしもの

 まだ小学生の僕が『自分探しの旅をしている』なんて言ったら、びっくりされるかもしれない。どこに在るかもわからない、僕自身とはまた別の『自分』。けれどどうしてもそれを探し当てたくて、小学生最後の夏休みを使って電車で色んなところを旅した。都合、日帰りばかりだけど。  もうちょっと、具体的な手掛かり……みたいなものがあればいいけど、そんなものもなく。色々と新しい発見があったり、ときにはちょっぴりムカシの自分を思い出したりもして楽しい反面、なかなか見つからない『自分』に、気落ちするこ

自由研究

 夏休みも折り返し地点を過ぎた八月の中旬、小学五年生の光太くんは夜空を見上げながら困り果てていました。 「自由研究のテーマを星とか星座にしようと思ったのに、あんまり見えないや」  自由研究。多くの小学生の頭を悩ませる、定番の『夏休みの宿題』です。光太くんも今日まで遊ぶ方に夢中になっていて、この手ごわい宿題に今の今まで手を付けていませんでした。  そうだ夜空ならいつでもどこでも観察できるぞ、と庭に出てみたはいいのですが、なんだか星の数が少ないように思いました。光も弱弱しく、今に

やがてひとつになる

 ぼくの人生はずっと『二分の一』の連続だった。  たとえばリンゴがひとつあったとして、そのひとつを丸々いただけるような展開にはまずならない。多少いい方に、それも無理矢理に事を運んでやっと、他の誰かと半分ずつだ。  誰に対しても一歩譲り、結果的に中途半端な部分を手にするか、あるいは全てを逃すかのどちらか。これまで、誰かから完璧に完全な何かを勝ち取ったということがない。必死になって全てを欲していたものでさえ。  不遇極まりない人生のきっかけとなった存在は、ぼくの兄であろう。兄弟は

生存不適格

失命嗜好『死』というものに初めて興味を抱いたのは、小学六年生の頃だった。  きっかけは大したことではなかった。いつも目にする夕方のニュース。よくある交通事故で同い年の女の子がひとり、死亡。  当事者以外の誰もが次の日には忘れる、よくある話。けれど。  そのときなぜか、ある疑念が湧いたのだ。  わたしの心に、ぽつり……と。 『死って、どんな感覚なんだろう?  死ぬって、どんな気分なんだろう?』  人は死んだらどうなるのか、とか、魂とか天国地獄とかはどうでもよかった。  ただ

真夜の邂逅

 夏休み真っただ中のとある日、オレたちは学校のプールに忍び込んだ。  茹だるように暑い日の、熱を帯びたままの真夜中だった。 「ひゃ~! 超気持ちいい!!」 「お前も早く来いよ!」  ざばん、ざばんと盛大にしぶきのあがる音が響く。連れ立って来た仲間二人は早々に水中へ身を投じたようで、もし水が張られてなかったら、という心配は杞憂に終わったらしい。着替えの遅れたオレは足早にプールサイドに上がると、二人に続くべく水面にダイブしようとして――  ふと、踏み出す寸前の足を止めた。 「今日

恐怖のヨーグルト

 便秘になってしまった。  有り体に言って、屈辱である。まさかこのオレが、こんな無様な症状に悩まされる事になるとは思いもよらなかった。  ひいき目に見て眉目秀麗文武両道、幼い頃より多くの名声をほしいままにし、一流の会社で一直線にエリートコースをひた走ってきたこのオレが、二十代の半ばにして――便秘!   社内で神か仏のように崇め奉られているこのオレがまさか便秘だなどと知られては、大幅なイメージダウンは避けられない。オレの持つ完全性はまさに天上から地の底まで落ちるといっても過言で