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やがてひとつになる

 ぼくの人生はずっと『二分の一』の連続だった。
 たとえばリンゴがひとつあったとして、そのひとつを丸々いただけるような展開にはまずならない。多少いい方に、それも無理矢理に事を運んでやっと、他の誰かと半分ずつだ。
 誰に対しても一歩譲り、結果的に中途半端な部分を手にするか、あるいは全てを逃すかのどちらか。これまで、誰かから完璧に完全な何かを勝ち取ったということがない。必死になって全てを欲していたものでさえ。
 不遇極まりない人生のきっかけとなった存在は、ぼくの兄であろう。兄弟はやはり似るもので、兄が欲しがったものはぼくも同様に欲しくなった。だがしかし兄弟間の争いで弟が勝ちを収めることはほとんどなく、常に兄が優先された。
 この苦境の中で、わずかであれ自分の欲望を満たすために知恵を絞って考え出したのが『はんぶんこ』という方法だった。
 全部を手に入れることはできない。それなら半分だけでも。わかりやすい妥協点であった。相手が兄で、互いに幼い頃には、泣き喚いた挙句に半分をもぎ取ったりもした。成長し年齢を重ねてからも、何かを得ようとした争いの末、最後の最後には『半分なら』と折れてくれる者も、それなりにいた。
 どうにかこうにか一人分を獲得したものといえば、高校とか、今まさに通っている大学の合格通知などだろうか。これらはさすがに半分にはできない。
 受かったと知ったときにはもちろん大喜びした。ただその反面、これ以上はないな――などと、妙に興醒めした気分にもなったものだ。けれども。「ただいま」
 ぼくは大学から帰ってくると、部屋の奥にいる『ルームメイト』に声をかけた。色々あって出迎えには出てこないものの、中にいるのはわかっている。心通じ合う仲というやつだ。
 こんなぼくにも、なんと彼女ができた。
 最初の頃は、二人とも予定のない日などはリビングで一緒に過ごすことが多かった。休みの合う日は二人とも自分の部屋から出て、二人のだけの時間を好きなだけ満喫する、といった具合に。
 でも今は、ぼくが彼女の部屋に入り浸る形になっている。彼女は動けないから。しかし、かえって精神面での結びつきが強くなったとも言える。
 プロポーズはまだ……だけど、なるべく早いうちに彼女と結ばれるつもりでいる。誰かに話したなら反対もされるだろう。自分で言うのも何だが、まだ若い二人だ。
 けれど、ぼくの気持ち、彼女への愛は変わらない。絶対に。


「ただいま」
「おかえり」
 通学のために……などという名目で二人で部屋を借り、ルームシェアという呼び名の同棲を始めてしばらく経つ。ぼくが挨拶をすればかわいらしい返事があり、そばで笑ってくれる。彼女の存在は至上の安らぎをくれた。彼女もきっと同じように感じてくれていたはずだ。
 これこそ運命の出会いだと信じていた。出会った瞬間から、互いに惹かれていたのだと思っていた。
 彼女をモノのように扱うわけではないが、ぼくもようやく求め望んだひとつを手にできたと、誰よりも大切なひとりと巡り合えたと思うと胸が熱くなった。
 この出会いは天からもたらされた最高のギフト、彼女とぼくはふたりでひとつ――彼女とともにいるためならなんだってやろう。そう誓った……それは間違いない。
 これから二人だけの安息の日々が続いていく――はず、だった。
「別れてほしいの」
 ある日の夜、彼女が吐き出した第一声が、それだった。
 ぼくは絶句したまま立ち尽くした。ワインでも注ごうかと思って持っていた空のグラスが手から滑り落ち、固い音を立てた。
「どうして」
「他に好きな人ができたから」
 彼女の口調はこれまでになく重く、刺々しいものだった。彼女はおもむろにスマートフォンをかざし、ご丁寧に新しい彼氏とのツーショット写真まで見せてくれた。
 彼女はすでに荷物をまとめにかかっていた。彼女の目に映るのはもはや写真の彼だけらしかった。このままでは気持ちの整理も何もないまま彼女の存在だけがなくなってしまう。
「一日、いや一晩だけ時間をくれ」
 懇願した。ぼくだって愛情が、想いがある、後生だからと。彼女はしぶしぶながら了承し、その日の晩だけはこれまで通り、共に一夜を過ごすことになった。
 ぼくは泣いた。自分の部屋で、膝を抱えて泣いた。誰より好きな人が、他の誰かにとられていなくなってしまう――また。
 眠れないまま明け方を迎えて、結局、現実を受け入れることにした。彼女の全てを自分のものにすることは、ついにかなわないのだと。
 仕方なしにお目覚め前の彼女を永遠に目覚めなくしてから、彼女を半分に切り分けた。縦は難しすぎたから、横に切った。腰のあたりで上半身と下半身に分ける感じだ。上と下とを比べるなら、やっぱり頭のついた上半身の方が上等だろうか? 他に胸も腕もあるし。
 半分にしただけでもずいぶん妥協した方だが、多くを望まないのが身のためでもある。上半身は箱にでも詰めてライバルの彼に送ってやることにし、ぼくは下半身を選ぶことにした。
 やはり、少なくとも半分は人に譲らざるを得ない人生なのだろう。とはいえ、すらりと伸びる美しい両脚の彼女は、改めて見ればこれだけで充分魅力的だ。
 これまで何度となく半分ばかりを掴まされ、物足りなさを味わってきたが、彼女だけは半分の姿でも満足させてくれる存在だったようだ。やはり彼女との出会いは必然で、運命のヒトはこの女性以外にない。
 二人の心はきっとつながっている。ぼくは最期、体も真に彼女とひとつになりたいと願った。それには彼女に足りている部分を除かねばならない――ぼく自身から。

 あれから何日が過ぎただろう。さすがに決心がつきかねたというのが正直なところだ。しかし、彼女に対する溢れんばかりの愛情を押しとどめておくことはついに不可能だと悟った。
 休日、ぼくは彼女のすぐ傍に寝そべると、おもむろにチェーンソーを始動した。当然ながら彼女を切ったのとお揃いのやつだ。少しばかりうれしくなった。
 刃を自分の体に向かって降ろしていくにつれ、心臓がドキドキする。初めての夜のことを思い出してしまいそうだ。あるいはその時以上に高揚しているのかもしれなかった。
 もうすぐ、出会いとはまた別の運命の瞬間がおとずれる。ぼくから余計な部分が切り離された瞬間、それは二人が永遠となる一瞬。
「二人、一緒になろう。これから先も、ずっとずっと……」
 ぼくたちは、やがてひとつになる。

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