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妄想の桃

 昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいたと思われる痕跡が残されていました。
 おじいさんは病に倒れ待つのは死ばかりに、おばあさんは嘆きのあまり川で入水したというのが近所でまことしやかにささやかれていたうわさです。おじいさんの親戚から『連絡が取れない』との通報を受けた警察が家の中に立ち入ってみると、現実はうわさとはまるで合致しないではありませんか。現場に緊張が走りました。

 残念なことに、おじいさんが亡くなっているのは事実でした。家の中に遺体がそのまま放置されていたのです。しかし死因はまず病気でなく、何者かに刃物で肩口から胸までを大きく切られたことによる失血死と思われます。室内ではおびただしい量の血痕が見つかり、犯行に使われたとみられる血まみれのナタも床に転がっていました。
 一方で、この高齢男性の配偶者とされる高齢女性おばあさんが亡くなったとする記録はまだありませんでした。つまりは生存している可能性があるということです。警察はおばあさんを懸命に捜索し、ついに身柄を確保しました。おじいさんに他に身内はおらず、重要参考人として事情を聞く必要があります。ですが、聴取の途中で困ったことが起こりました。
「川で洗濯をしておるとな、川上から大きな桃が流れてきたんじゃあ……あたしゃあそれを持って帰って、割って食べようとしただけじゃあ……」
 などと、おばあさんが意味不明の発言を繰り返すのです。そんなに大きな桃がこの世に存在するはずはありません。これには警察官も頭を抱えました。しかし捜査が進むにつれ、新たな事実と、また別の問題とが浮かび上がってきたのです。

 現場にあった血痕はおじいさんのもので間違いなく、血のついたナタにはおばあさんの指紋が付着していました。傷口と刃の形状も一致しており。この時点で、事件はおばあさんの犯行によるものとの見方が強まりました。ただ、現場からは同時に少量の危険ドラッグが発見され、おばあさんはそれを常用している、していたのではないかとの疑いも生じました。
 おばあさんは、おじいさんを大きな桃だと思い込んで、ナタで真っ二つにしようとしたとも考えられるのです。このまま逮捕することはできても、刑事責任が問えるかどうかまでわかりません。
 おばあさんは現在、精神鑑定を受けているということです。


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