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一途病

「おおきくなったら、けっこんしよう」
 小さい頃の、子供同士の、他愛もない口約束。
 指輪とは名ばかりの、プラスチックのただの輪っか。
 けれど私は、それが永遠のものであるといつまでも信じていた。

 それから時の過ぎること十余年。無事に結婚可能な年齢に達した私は、傍で同じだけ年齢を重ねたアキラ兄ちゃんに向かって言った。
「大きくなったし、結婚しようよ」
「ハァ? いきなり何言いだすんだ、ユカリ」
 まさか覚えていないのか、あきれ顔で言い放つアキラ兄ちゃん。
 アキラ兄ちゃんは私より二つ年上で、ずっと近所に住んでいる幼馴染だ。当の約束を交わした運命のヒトである。現在高校三年生、私も追いかけるように同じ高校に入学した。
「ほら。約束したじゃない、小さい頃。忘れたの?」
 私はもう十六、兄ちゃんは十八で間違いないはずだ。今日この日までにカレンダーを幾度となく確認したし、女性が結婚できる最低年齢の引き上げまでにもなんとか間に合った。二人寄り添い合って歩く下校のさなか、期待に胸ふくらませてプロポーズをせっつく私に、しかしアキラ兄ちゃんは何故か困惑しているようだった。
「あ、ああ……アレな。いや、あんなの、おままごとのついでだろ?」

「 え ? 」

「遊びに決まってるじゃないか。ハハハ」
 アキラ兄ちゃんの軽い笑いが耳と胸とに突き刺さる。体中から力が抜けてしまいそうになるのをこらえ、何事もない風を装ってそのまま歩調を合わせる。動悸がする。息が詰まる。
「おれが七歳で、ユカリが五歳の時とかだろ、それ。ガキの頃の約束なんて律儀に覚えてるヤツ、お前以外にいないって」
「そ、そうかな」
 私は、どうにか声を絞り出すのが精一杯だった。
 しかしアキラ兄ちゃんは、非情にも追い打ちをかけてきたのだ。
「それに、おれ、今付き合ってる人いるから」
 目の前が真っ暗になる、なんて感覚を、この時ほど強く味わったことはなかった。
「だいたい、結婚なんておれたちにはまだ早いって。ユカリも他にいい人を見つけるとか……」
 それから家に着くまでのことは、全く覚えていない。

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