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私と子宮の長めなストーリー

「いつか。いつか絶対に取り去ってやる...!!」

私は自分自身の子宮に対して、そう思っています。

私を散々に振り回し、アイデンティティにも大きな影響を与え、死ぬほどの苦痛と死ぬほどの喜びをもたらした臓器。

そんな私と子宮のストーリー。

目次で大体のストーリーがわかります。散々苦しめられてきたのでネチネチした長い文章になっています。


初潮。無視から抜け出た日

子宮がもたらす生理ですが、初潮にはいい思い出があります。

初潮は夏のバレー部合宿でやってきました。

中学のバレー部🏐は、公立のくせに区ではいつも優勝、先輩たちも春高に出る人がいるくらいの強豪校で、先輩も同学年の子も皆小学校から上手い人たちばかりでした。

私も一応小学校からバレーはやっていましたが、めちゃくちゃ下手だったので、中学のバレー部では当初無視されていました。

いじめでは全然ないのですが、基本無視。弱いやつには興味がない、という感じ。

そんな中迎えた中1の夏合宿は最悪の気持ちで、行きのバスは1人席でした。

そして、合宿中に初潮を迎えます。

「血が!血が!」

と焦る私に手を差し伸べてくれたのは、ボス的存在の先輩でした。彼女もその時生理だったようで、「えー、ゆか初めてなの?一緒にお風呂はいろーよー」と声をかけてくれたんですよね。

彼女が声をかけてくれたことにより、他の先輩、同学年の子ともどんどん親しくなり、帰りのバスは1人席じゃありませんでした。

あの合宿のことはハッキリ覚えています。
なんという、エモい思い出!!!


血祭りごときでさぼってんじゃねーよ

初潮はエモく過ぎ去りましたが、そのあとの私はどんどんと子宮、そして生理に憎しみを深めていきます。

最初に、「生理ってつらい」と思ったのも、同じ先輩の一言でした。

回を重ねていくごとに、だんだん生理痛がひどくなっていき、生理初日と2日目は部活どころじゃない!休ませてくださーい、という時期が始まります。

その時にボス的先輩に言われた一言。

「血祭りごときでさぼってんじゃねーよ」

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補足しますと、「生理」ってはっきり言うのは恥ずかしいと言う風潮、今でもまだありますよね。男性にとっては何のことやらと思うかもしれませんが、生理の言い方は多岐に渡ります。

「あれ」
「あの日」
「月のもの」
「女の子の日」
「馬の日」(なぜに馬)

英語でもperiodって言うので、やはり何とな〜く「あの期間」と言うぼやかした感じ。

我が女バレボスは「血祭り」と言っていました。

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男性である顧問の先生は優しかったのに、先輩は生理で休むことを許してくれない…

生理は女性なら経験することなのに個人差があまりにもあるので、理解してもらえないし病気じゃないから逆に辛いわ!と初めて思った時でした。


中学生にして、産婦人科デビュー

生理1日目と2日目は毎回保健室!だったので、産婦人科に行くことになります。

女性が産婦人科に行きたくないと思う大きな原因である「内診」(足をパカっと開き、膣の中の状態を医師が指で確認して診察すること)も、中学の時から経験しています。

内診は確かに気持ち悪いなと思いましたが、妊娠のメカニズムさえ知らなかった子供の時に経験してしまったので、私の「内診いやだエピソード」はありません。

さて、生理痛が重い場合、子宮内膜症やその他の病気の可能性もあるので、産婦人科には行った方がよいです。

私はこの時には特に何も見つかりませんでしたが、痛み止めやら漢方薬やらを大量に飲み、産婦人科に定期的に通う生活がスタートしました。


救急車を呼んで怒られる(母が)

そんなこんなで「生理痛おもいんだよー」と言いながら過ごしていた中高時代も過ぎ去り、大学進学目前のところで事件が発生します。

私、生理痛で意識が遠のく
→母、心配して救急車を呼ぶ

いつものように生理痛に苦しんでいたら、急にサーッと血の気がひいて意識が遠のいたんですよね。

トイレで倒れて母の呼びかけにも答えられないわたし。失神。

迷走神経反射ですね。有明料理ブロガーの山本ゆりさんもツイートしててバズってたやつです。

今でこそ、迷走神経反射なんだなーと分かりますが、このときは私も母もそんなことを知らず。

呼びかけにうんともすんとも言わない私に焦った母が救急車を呼びました。

病院に運ばれたときは既に意識もクリアでお腹が痛いだけだったので、「生理痛くらいで救急車を呼ばないでください」と母が病院から怒られました。(ごめん、お母さん…)


点滴をしてイタリア旅行に行く

先述した、生理痛が引き起こす迷走神経反射。

本当に辛くて、今も生理の時に毎回起こります。

もう対処法を心得ているので失神することはないのですが、大学時代はしばらく苦労しました。

当時ピルを飲んでいなかった私は生理のコントロールも出来ておらず、大事な予定にも待ったなしで襲いかかる生理は、母と祖母と予定していたイタリア旅行直前にもやってきました。

生理痛+迷走神経反射で全く身動きができず、イタリア旅行に間に合わない…でも2、3日すれば確実に回復するのが分かっているのに、楽しみにしていた旅行に行けないなんて絶対に嫌だ!

という執念のもと、

・病院で点滴を打ち(何も食べられていなかったし痛み止めも吐いてしまう始末だったので、点滴で対応しました)、

・車椅子で空港を移動し(空港職員さんに飛行機に乗って大丈夫か心配されるたびに「生理痛なので大丈夫です」と言って回る)、

なんとかイタリア旅行に行くことができました。

↑の際にも、母には大変お世話になりました。私の生理痛に私と共に振り回される母。

点滴&車椅子だったのに、イタリアに到着する頃にはこんなに元気でした↓

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盲腸の手術で子宮内膜症発見!

「生理痛は重いが、子宮や卵巣の病気はない」

定期的に産婦人科に通う私は、常にそう言われてきました。

ところがどっこい。

大学4年になり、盲腸で腹膜炎ギリギリの状態になった私が腹腔鏡手術をすると、軽度の子宮内膜症であることが分かったのです。

【子宮内膜症とは】
本来は子宮内腔にしか存在しないはずの子宮内膜が、腹膜や子宮筋層内、卵巣など、主に骨盤内の子宮内腔以外の場所にできる病気。
(出典:https://doctorsfile.jp/medication/122/

子宮内膜症は診断がとても難しく、確定診断をするにはお腹の中をみてみないと…というような病気なので、私もずっと診断は下されておらず、盲腸の腹腔鏡手術で初めてわかったという感じなのですね。

子宮内膜症が発覚したわたし。

どうりでね〜

とむしろ理由が分かりほっとした記憶があります。


ピルが合わない

さて、そこから子宮内膜症への対策が始まるわけですが、産婦人科の主治医からは、「軽度のものだから、経過観察。月経のたびに進行するので、ピルで止めるか妊娠で止めるかすると楽になるかもね」と。

そこで私は嬉々として低容量ピルを飲み始めたのですが、みなさん知ってますか?ピルにも種類があるんですよ。

私が最初に飲んだのは、巷でよく聞くヤーズです。こんなやつ↓

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(最後の4錠が偽薬。使える写真がなかったので、雑な絵。娘が色を塗ってくれました笑)

これが本当に合わなかった…生理の時の吐き気がすごい。今までの生理痛もきつかったのですが、この吐き気には耐えられないものがありました。

ヤーズを飲んでから明らかにこの吐き気が出てきたので、数ヶ月飲んでからトリキュラーに変更したんですね。こんなやつ↓

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(私が飲んでいたのはトリキュラー28で、最後の7日間が偽薬です)

それでもダメ。もう嫌だと思い、最終的にルナベルを飲みました。こんなやつ↓

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(これだけ偽薬なしで、最後の7日間は休薬期間でした)

そしたら瞬く間に良くなりました。

最近はよく「低用量ピル飲むと、コントロールできるから良いで〜」という主張を耳にしますし、それ自体には大賛成なのですが、ピルにも合う合わないがあるって誰か教えて欲しかった…デス

ヤーズやトリキュラーを飲んでいたときは

子宮内膜症の治療で、生理痛もマシにしたいから飲んでるのに、もっとキツくなってるやんけ…

と涙目でした。あーきつかった。

※素人なので、各ピルの内容量の違いなどは記載しません!ご了承を!


とりあえず、生理のことは言っておこう

そんなこんなで日常生活にバリバリ影響をきたしてくる我が子宮だったので、私のスタンスとしては、

とりあえず、生理のことは言っておこう〜

というものでした。

歴代彼氏にも最初から伝えていたし、大学卒業後約1年アメリカでインターンをしていたのですがそこの代表およびチームメンバーにも伝えていたし、帰国後新卒入社したユーザベースでも最初の方にチームリーダーに共有した記憶があります。

完全に自分の中では持病扱いですね。


初めて自分の子宮に感謝をした日

ここまで読んでくれた方がいるのか分かりませんが、そろそろうんざりしてきたかと思います。私もうんざりしています。

…が!散々私を苦しめてきた子宮も、ついにその役割を果たす時がきます。

妊娠!

そして...



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娘と出会いました。


初潮を迎えてから何十回と経験してもなお、(誇張ではなく)毎月生理が怖くて怖くて。大学時代には「もう子どもいらないから子宮取りたいな...」と思っていました。(不謹慎かもしれません。でもそのくらい辛かったんです)

娘が生まれた日、私は初めて自分の子宮に感謝しました。

ちなみに、私は終わりが見えている、そして明確な意味がある出産よりも、その痛みの意味が理解できない生理痛の方が辛かったです。圧倒的に。


子宮頸がん検診、軽度異形成

これで私と子宮のストーリーが終わり...であればなんだかキレイなんですけどそうは問屋が卸さない!!!!

子宮頸がん検診で、軽度異形成
ヒトパピローマウイルス(HPV)感染

子宮頸がんとはヒトパピローマウイルスの感染で発症するとされていまして、私はウイルスに感染している上に軽度異形成が発見されています。

=放置していたら癌化するかも、という状態。

上記に当てはまる人って結構多いと思うのでなんら特別なことではないのですが、要観察となっており、引き続き定期的に産婦人科に通っています。


産後の生理は楽になるって言ってたの、だれだ!?

「産後の生理は楽になる」

これ、よく聞きませんか?

私はこの誰が言ったかわからない言葉に相当な期待をかけていたのですが、やはり個人差が多い、というか個人差しかない生理の話。

全く楽になりませんでした!!!!!!

それどころか、出産前とは違う形で辛い。

出産前は

ひどい下腹部痛 以上!

だったものが、今は

生理1週間前の胸の張り
生理直前の下痢(迷走神経反射つき)
生理中の下腹部痛

の三本立てで襲ってきております。

手を替え品を替えだな!!!!!!!!!!!

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「なんで私はこんなに子宮に悩まされるんだ...」という思いがずっと心の奥底にあったのでどうしても吐き出したくて書いたらこんなに長くなりました。

気がつけば約4500字。

誰のためにもならない私と子宮のストーリー。

これからもまだまだ続く、私と子宮のストーリー。

我が子宮。

娘と出会わせてくれて、とても感謝しています。

が、

「いつか。いつか絶対に取り去ってやる...!!」


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