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頭ではなく、心でみつめることができたなら。


こどもの頃は

ただ心のむくままに生きていました


遊びたい時に遊んで

眠りたい時に眠って

泣きたい時に泣いて

笑いたい時はたくさん笑って


私がそうしていたのは

それを誰も咎めなかったからで

子供とはそういうものだって
まわりの大人がそう言っていたから



大人になると

頭で考えて生きることが当たり前になって

心に嘘をつくことが上手になりました


遊ぶためには働くことが必要で

眠りたくても眠れない時もあって

泣きたくても泣けない時もあって

お腹を抱えて笑うことは前より少なくなって

まわりの大人に笑われないような
真っ当な生き方を選ぶようになりました


私がそうしているのは

誰かに咎められることを恐れているからで

大人とはそういうものだって
まわりの大人がそう言っているから



心の赴くままに生きていた私は

もうここにはいないのでしょうか


いいえ


きっといなくなってしまったのではありません


隠してしまっただけなんです


それはきっと子供の肩書きを外し
大人のレッテルを貼られた時


子供は生まれながらに

「子供」という肩書きが与えられるけれど

大人は大人になったその時から
自分の肩書きを自分で探しに行かなくてはなりません

それが大人として生きるということだから


大人の社会には無数に肩書きがあって

本当は上も下もないはずなのに

大人はそこに優劣をつけたがります


それはきっと
手に入れた肩書きに誇りを持ちたいからで

そうしないと
大人としてちゃんと生きることが
できていないような気がするから


心の赴くまま生きていた私は

大人の社会に蔓延る
無数の「こうあるべき」に飲み込まれて

心を隠して頭で生きることを選んだだけなんです



本当は遊びたい時に遊んで良いはずで

眠りたい時に眠っても良いし

泣きたい時に泣いても良いし

笑いたい時はたくさん笑って良い


全部いなくなったんじゃないんです

できなくなったんじゃないんです


誰かではなく私自身が
それをしようとしなくなったんです


「こうあるべき」を手放して

心の赴くままに生きる方法はきっとある


頭ではなく心で自分を見つめて

素直に生きる道を選べたなら

それがきっと答えなのでしょう



私にはまだそれが何なのかわからないけれど

隠していた心から出てきた言葉を

大切に取り出してココに綴ることで

少しずつそれが見えたら良いなと思っています




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