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なぜ日本に厚い「信頼」を寄せ、パートナーとして「期待」するのか ー菅政権に求められる東南アジア外交(上)

初めまして。

国際問題戦略研究所(IISS)で日本の外交、防衛、安全保障政策について研究・発信をしています、越野結花です(英語日本語プロフィールはこちらから)。今月よりCOMEMOのキーオピニオンリーダー(KOL)として選んでいただきました。

IISSは、ロンドンに拠点を持つ防衛・安全保障に焦点を当てたシンクタンクです。日本では、世界171か国の軍事力を分析した「ミリタリー・バランス」や、毎年シンガポールで開催されるシャングリラ会合(アジアの防衛大臣会合)やバーレーンで開催されるマナマ会合(中東の外務・防衛大臣会合)などで知られています。

ロンドンに移る前は、3年半米国ワシントンDCに滞在し、昨年11月までは米戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部で勤務をしていました。

海外のシンクタンクに身を置いていることから、「外から見た日本」という視点を大事に、今後の外交・安保政策について考える視点を一つでも多く提供できることを目指し、投稿したいと思います。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

東南アジアの地政学的重要性

さて、先日の日経新聞では、菅政権の外交について取り上げられていた。

もっとも米国との安全保障関係を強化するだけでは、アジア太平洋地域の環境変化に日本は対応しきれない。自国第一主義を強める米国にアジアへの関与を促しつつ、経済を中心にアジアや環太平洋諸国との連携をどう深めていくか。日本の外交力がかつてなく試されている・・・
東南アジアなど多くの国が経済的な報復を恐れ、中国を批判しにくい状況が続いてきた。2030年代に中国が国内総生産(GDP)で米国を上回り、首位に立つとの予測がかねてある。それが現実になれば、中国の高圧的な態度はますます強まりかねない。それだけに民主主義や自由貿易の価値観を共有する国々が結束する環太平洋経済連携協定(TPP)のような枠組みは今後も不可欠になる。
TPPを敬遠し内向きに傾く米国を巻き込みつつ、その輪をいかに広げるか。中国の拡張主義の影響を間近に受けることになる日本にとって、将来の存亡をかけた重い課題となる。

この記事では、「日本の外交力がかつてなく試されている」、そして「将来の存亡をかけた重い課題」と、熱く重い言葉が並べられている。安倍総理の路線を継承といえども、関心が国内政策に向けられている菅政権への強いメッセージだ。

中でも、歴史的に親日感情が高く、日本にとって重要なパートナーである東南アジア外交は注目が高い。今年はオンラインになることが予想されているが、秋には東アジアサミットやアジア太平洋経済協力等、外交上重要な行事も控えている。

東南アジアは、人口規模では欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)を下回るが、経済成長が著しく、米中の戦略的競争の舞台の中心となっている。

特に、人口の半分が30歳前後である「デジタル・ネイティブ」世代であり、社会・経済のデジタル化が飛躍的に進み、将来の経済を牽引する地域として世界からの注目が集まっている。

さらには、世界の貿易の要所としてシーレーンが集まる南シナ海において、近年中国の軍事的進出が目立っている。日本の安全保障にとっても極めて重要な地域だ。

地政学的にも重要性が高い同地域において、菅政権に求められる外交はどのようなものだろうか。

今回の(上)では、ASEAN諸国10か国を対象とした世論調査を用いて、地域が中国、アメリカ、日本をどのように認識をしているか、深堀する。

地域から見た米中覇権争い

近年、米中の経済的・政治的対立が一層激化する中、多くの地域諸国は巻き込まれることを懸念し、また、いずれかの国を選択することを避けてきた。

2018年頃から、トランプ政権が、安全保障上の理由から、中国通信機器大手である華為技術社の5Gを使用しないよう同地域政府に働きかけても、シンガポールやマレーシア首脳が跳ね返したことなどが顕著な例だ。

では、実際のところ、東南アジア諸国は、米中両国に対して、どのような認識を持っているだろうか。

毎年、政府関係者及びシンクタンク業界でも広く共有されるシンガポールの東南アジア研究所(ISEAS)の世論調査に興味深い結果が出ている。この調査は、研究者やビジネス・パブリックセクターで働くASEANの有識者を対象とした世論調査としたものとして、地域の感触をつかむ上で、信頼性が高い。

年始、日本の報道では中国の政治・経済的影響力が高く、米中をいずれかを選択するならば、10各国中7か国が中国を選択することが話題となった。

2019年の11月12日から12月1日の期間にASEAN10か国で行われた最新の調査結果については、日経新聞も取り上げている。

しかし、60ページに上る調査の細部にはあまり取り上げられていない、興味深い結果が出ている。以下、ASEANの本音をもう一歩掘り下げる。

◆経済的・政治的影響力が最も高いのは中国だが、不信感や懸念も高い


第一に、記事にもある通り、地域で最も経済・安全保障面において、中国が圧倒的に高い影響力を持っていることがわかる。

一方で、中国を選んだ人の中で「懸念する」と答えた人は71.9%、政治面で85.4%いるという数字も出ていることから、高い警戒感もあることが分かる。

また、中国が地域のインフラ需要に応えるために活発に推進している「一帯一路」構想に対しても6割以上が不信感を抱いている結果がでている。

◆ 米国の影響力拡大を歓迎したいが、トランプ政権は信頼できない

一方の、米国はどうだろうか。7割が経済的影響力のを歓迎した一方で、ほぼ5割が政治的影響力の拡大を懸念している(10か国中6か国が懸念している)。また、戦略的パートナーとしての信頼も低い。

その背景として、トランプ政権下で同地域への関与が低いことが挙げられる。8割近くの回答者が、オバマ政権と比較して、トランプ政権下で東南アジアへの関与が低下したと回答し、前年より10%程度上昇していることがわかる。また、6割以上の回答者が、大統領が変われば米国への信頼が高まると答えている。

米中の戦略的競争の中で、5割近くがASEANの強靭性と一体性を強化することで、米中対立に対応しようとしていることがわかるが、第三のパートナーを求める声も一定数あることが分かる。

日本への厚い「信頼」、パートナーとして「期待」の高まり

一方の日本は、高い信頼を得ている。6割以上の回答者が、日本は世界の平和、安全、繁栄、ガバナンスに貢献するために「正しいことをする」国として信頼している

また、米中の対立の中で、第三の戦略的パートナーとして最も信頼できる国として日本が最も高く、ミャンマー、フィリピン、ベトナム、インドネシア、ブルネイの5か国で最も高い結果が出ている。

同様の結果は、毎年外務省が外部委託して行っている世論調査でも如実に出ている。

2020年の対日世論調査の結果では、9割以上が対日関係が「友好的な関係」にあり、日本を「信頼できる」と答えている。それは、同盟国である米国で同時期に行われた世論調査の数字よりも高い(良好以上が63%、信頼できるが85%)。

これらの調査結果は、戦後日本が長年にわたって、東南アジア地域の持続的な経済発展や東南アジア条約機構(ASEAN)という地域の政治的枠組みを強化するために支援を続けてきたことが歓迎され、受容されてきたことを表している。

日本は、福田武夫元首相が1977年にマニアで打ち出した三つの東南アジア外交原則を忠実に守り、政治・経済・人的交流を重視する丁寧な外交を行ってきた。

ASEAN外交原則(福田ドクトリン)
(1)日本は軍事大国にならない
(2)ASEANと「心と心の触れあう」関係を構築する
(3)日本とASEANは対等なパートナーである

政府開発援助(ODA)や日本企業進出による、対外直接投資、インフラ開発などの、従来の経済的手段を中心とした支援に加え、直近の安倍政権では、中国の南シナ海における軍事的進出を睨み、安全保障面の協力も深化させてきた。

2013年には新たな「対ASEAN外交5原則」を、2016年の「自由で開かれたインド太平洋」構想を出すことで、「力」ではなく「法」が支配する海洋秩序を維持させることを積極的にアピールし、共同訓練や能力構築支援なども行ってきた。

これらの政策は、領有権を巡って南シナ海を巡り中国と対立をしているベトナムやフィリピンからの支持のみならず、中国と国境が隣接し親中とみなされてきたカンボジアのフン・セン首脳からも「高い支持」を取り付けていることの意味は大きい。日本の存在感への期待が大きいことが分かる。

しかし、上記に見たような高い信頼があっても、地域における経済的・政治的・安全保障上の影響力として日本を回答した者が極めて少なかった点は日本にとっての課題だ。

日本は、地域諸国の高まる日本への「信頼」と「期待」に応え、戦略的パートナーとしての価値を具体的な結果として出していく必要がある。

その際、新政権にはどのような外交が求められるだろうか。

続く投稿では、コロナ中の日本外交の意義と、今後求められる日本の東南アジア外交を分析する。

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