見出し画像

峠のおじいさん

ここは、新旧東海道の要所。とは言え、今は大型トラックや乗用車が通過する国道1号線のてっぺんで、サービスエリアもなく、以前あったコンビニもとっくに無くなり、エコパーキングという駐車スペースとトイレがあるだけ。しかし、沢山の大型トラックやトレーラーが整然と駐車され、ドライバーさんたちが各々好きなように休息を取っているパーキングは、朝夕にゴミが清掃され、トイレの清潔さはAランクを獲得している。

その掃除を、365日ひとりで担当されていえるのが「峠のおじいさん」。麓の街から自家用車で通い、広いパーキング内を1周掃除して廻られる。ということを知ったのは、ほんの偶然からだった。

パーキングエリア隣のゴルフ場の入り口付近を通る時、毎日白い乗用車が駐車されていて、夏の暑い日にはドアを開けて昼寝をしたりお弁当を食べたりしている人がいることが気になっていた。あんなところで一人、何をされているのだろう?その日も、なんとなく車の窓からそちらを眺めていると、その人は自動車の横に立っていて、目が合ったような気がしたので、ご挨拶した。すると、「猫が8匹いるんです。もらってやってくれませんか?」と。え?猫?!そうだったのか、猫の世話をしておられたのか。

車を停めて降りて行き、猫たちを見せてもらった。あれが、お父さん、こっちがお母さん、そして、子どもたちが6匹。合わせて8匹いるんです。自分はここで11年この仕事をしているが、これまでにも犬や猫を捨てに来る人が沢山いてー。こんなふうに箱に入れたゴハンを置いて、それをその子が食べている間に、そっと車に乗り込んで去って行くんです、と。犬は呼んでもこちらには来ず、国道を車が去って行った方に向かって歩いて行ったり、そのうち、痩せ細ってどこかへ行ってしまいます。猫はいつ捨てられたのかわかりませんが、一度は、白い猫が懐いたので、近くの食堂の人にもらってもらったんですが、その次に来たのが、あのお父さん猫とお母さん猫。お父さん猫は、飼い猫だったらしくすぐに懐いてきて、お母さん猫はエサをやるうちに慣れてきて。可愛がっていたら、去年の3月に数匹仔猫が生まれて、残ったのが1匹。その次に6月に2匹、9月に3匹、と次々に増えてしまい。びっくりしました、と。

おじいさんは、長らく犬を何匹も飼っておられたそうで、昨年は最後に飼っていた愛犬が亡くなり、まさにペットロス状態で帯状疱疹が出たりして大変だったときに、捨て猫たちに出会ったそうだ。餌をやり始めたが、猫がこんなに早く増えてしまうことはご存知なかった。びっくりした!で終わらず、ご自身で地元の保健所に相談すると、その場所は隣の県だから、ここではなくあちらへ行くように言われ、そちらの県の保健所へ行くと、あれこれ言われ、増えたのは、餌をやったあなたの責任なので、ご自分でボランティアにでも相談して「TNR」をするように、と言われ、そのための費用の助成を受けるための書類を渡されたのですが、どうしていいか分からず、困っているんですということだった。

峠のおじいさん、お歳を伺ってみると、なんと81歳。定年まで大手運送会社の長距離ドライバーをされ、一時はご自身で独立して運送会社を立ち上げられたことも。ドライバーを引退された後も、地元の有名ホテルの用務員などを長年務められ、それも70歳で引退。その後、ドライバー時代の伝手で現在の仕事を得て11年目、とのこと。積荷が落ちてきて腰の圧迫骨折をされた後遺症か、腰が曲がってはおられ、片耳が遠いが、矍鑠とされ仕事もテキパキ。しかし、昨年、この峠の職場からの帰りに車に乗り込み、交差点に出たところで、顔見知りのドライバーが目に入り、軽くクラクションを鳴らして手を挙げて挨拶をしていたところ、スピードを上げて坂道を登ってきたトラックに車の前方部分をぶつけられるという事故に遭い、同居する娘さんには、もう運転免許も返納し、この仕事も辞めた方がよい、と言われているとのお話。プロドライバーでも、歳には抗えぬ、というご状況。

果たして、この方だけが「峠ねこ」たちの餌やりさん。人の気配がすると、ササッと竹藪に隠れてしまう彼らも、峠のおじいさんの声が聴こえると飛び出してきて、足元にまとわりつき、中にはお腹を出して転がったりする子も。明らかにそこにあるのは、信頼関係。TNR後、「ワナ」で捕獲され、そのカゴに閉じ込められた数日がトラウマになって、おじいさんとの関係が壊れてしまわないだろうかと心配したことも杞憂に過ぎ、変わらず甘えている。※「TNR」については、☟https://www.doubutukikin.or.jp/activity/campaign/story/

今後の餌やりをどうするか、という話し合いを進めるうちに、娘さんが「次の車検が来るまでならー」と折れて下さり、その上「私も行ける時は、ときどき峠に行ってもいい」とまで言って下さったとのこと。お父さんの健康や安全を心配して、運転免許証返納や仕事をやめることを勧めていらっしゃったのに違いないが、お父さんと猫たちの関係を理解し始めてくださったようだとのこと。ホッとした。

思うに、峠のおじいさんにとっても、もはや峠ねこたちの世話は、何にも代えがたい張り合いとなっていて、彼らからの信頼や甘えの形の愛こそが、生き甲斐なのではないか。おじいさんご自身の安全は確保せねばならないが、バスで通うなどの方法で、毎日とは言わず、回数を減らしたとしても、のんびり峠ねこたちに会いに行く、というスタイルが続けられないだろうか。人と動物の関係は深くて温かいものだな。そんなことを考えながら、今日もご挨拶をした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?