見出し画像

「ニワトリのあたま」の話

最近まったく聞かなくなったが、私が子どもの頃、「エスカレーター式」だから楽ね!とよく言われた。エスカレーター式だから、というのは、私立の小中高大学と一貫校だから、ということで、受験が無いから受験勉強のための塾に通ったり、そのために他の習い事を途中で止めたりしなくて済む、とか、それほど勉強しなくても、そこそこの大学までそのまま進学出来て、ラッキーね、というような意味で使われていた。

確かに、水泳、書道、テニス、英語といった、いわゆる勉強と関係の無いような習い事に勤しみ、部活と重なるようになってもほとんどの習い事を続けていた。ピアノなどは、さして上手くもならないのに、大学まで続けた。周りの大人が言っていた通り、受験もなく、という以前に、自分が望めば受験ができるということすら知らずに、不承不承でその大学に進学し、家庭教師のアルバイトとスキーサークルの活動に忙殺されながらも、茶道、フランス語やドイツ語など習い事は増え続け、4年生になり、そのまま大学院留学し、青田刈り当たり前の売り手市場就職活動のタイミングを逸し、帰国した時には、就職氷河期が始まっていた。

さてと、ここまで自分で深く考えることもなく、眼の前のことをやる、やってみたいなと思ったらやる、やってみると楽しいからもっとやる、という程度の生き方をしていたことは明白。傍から見たら、楽ちんな能天気人生だったに違いない。

そんな私に突き付けられた、この先どう生きるか、まずはどんな仕事をして生きたいのか、というテーマ。考えているようで何も考えていなかったところから急に答えは出てこない。しかし、ひとつだけハッキリしていたこと、私の選択は、「大きい組織の中に身を置かない」だった。それがよかったか、悪かったかは、今となっては、どういう側面から振り返るかによって色々感じることはあるが、自分が選んだそれは、「寧為鶏口、無為牛後(寧(むし)ろ鶏口(けいこう)と為(な)るとも牛後として為る無(なか)れ)という史記の中の言葉に沿うものだった。

即ち、強い勢力のあるものにつき従うより、たとえ小さくても独立したものの頭(かしら)となれということ。これは、商売をする家に生まれ、祖父もまた商人、医師、親戚中見まわしても、大企業に勤めている大人が周りにいない環境で育ったことが大きく影響していると思われるが、高校時代に習ったこの言葉がすっと腹落ちして、そのまま小さな灯を保っていたとは。

同期の友だちが、名だたる大企業に勤める中、ジャパンタイムズの月曜日の求人欄に小さく載っていた、業界自体もあまり知られていなかった、20名程度の無名企業。そのうえ、「経験者募集」と書かれていたのにも関わらず、きっと受かる、と信じて応募。見事!合格し、と言っても受けて来たのは私だけだったのかもしれないが、社会人生活が一足遅れで始まったのだった。

そこからは、水を得た魚。未経験ながらも、人手不足の小さな会社では、早速クライアントがあてがわれ、なんでも自分でやってみて、と任せてもらえる。自らやってみたいと手を上げれば、どうぞ、とやらせてもらえる。その代わり、責任も裏側にぴったりとくっついてくるわけだが、結果が出れば、クライアントから信頼を得られる喜び、その経験を次に繋げる楽しみ、沢山のことを味わわせていただいた。ただ経験、という言葉では足りない、血となり肉となるような経験を。

結婚を機に退職するも、即、個人の名刺を作り、それまでに関わりのあった数々の会社のお手伝いをするようになり、そこから発展して、引き続きその業界でやっていくことになるのか、と思っていたところに転機が来た。修士で専攻していたくらいだから、そもそも「人」にまつわる仕事がしたかったのでは?とお声がけいただき、異なる業界に飛び込んだ。ちょっとお手伝いのつもりが、3カ月ほどのプロジェクトがひとつ終わる頃に、日本法人を立ち上げるという話になり、小さなちいさな会社の「鶏の頭」としての一歩を踏み出した。

そこから10年、鶏がダチョウになる日は来なかったが、日本だけでなく、オーストラリア、シンガポール、中国、英国などの愉快な仲間たちと様々なプロジェクトに携わり、さらに形を変えて10年、なかなか面白い人生を送って来たなと思う。

「大企業でないと得られない経験」や、「大企業ならではの大規模なプロジェクト」など、やっていたら違ったかな?と考えたことは何度もある。正直なところ、そういった経験や実績を持っている人の力を羨ましいなと感じたことも少しだけはある。しかし、その社名や肩書を持たずしてやって来られたこと、その中身、小さなチームの力、クライアントの皆さんとの関係、そして、自力に対する自信は揺るぎない。

人にはそれぞれその人が活かされる場所があるのだと思う。私は、「鶏頭」を選んだ。そして、それが私の生き方になったということをここに記しておく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?