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管理者の「人は変わるという信念」が、部下へのコーチング行動に影響を及ぼす!?

大学院の授業で、英語の論文を取り扱う授業があるのですが、その中でも面白かった「コーチング」にまつわる論文を本日は紹介したいと思います。

管理者の暗黙的人物理論(ImplicitPersonTheories :IPT )が従業員へのコーチング行動にどのように影響するか、ということを明らかにした論文です。

論文名:Heslin, P. A., Vandewalle, D. and Latham, G. P. (2006) Keen to help? Manager's implicit person theories and their subsequent employee coaching. Personnel Psychology, 59, 4, 871-902.


暗黙的人物理論(ImplicitPersonTheories :IPT ) とは何か?

この論文で出てくる暗黙的人物理論(ImplicitPersonTheories :IPT )について説明します。

暗黙的人物理論の定義は以下とされています。

人間の能力や特性の可変性に関する信念(Dweck ,1999)
•Entitytheory :人間の能力や特性は固定的であるとする実体理論
•Incrementaltheory :人間の能力や特性は可変的で発展させることができるとする増大理論

シンプルにいうと、人は変わらない(実体理論)と考えるのか、人は変わるはずだと考えるのか(増大理論)ということですね。

特に、実体理論を持つ管理者と増大理論を持つ管理者で、コーチング行動の質と量がどのように異なるかを検証し、IPT の訓練が管理者のコーチング行動に及ぼす効果を検討していきます。

従業員コーチングに不可欠な要素

また、従業員コーチングに不可欠な要素として下記を論じています。

1. Guidance: 明確な業績期待と、業績結果に関する建設的なフィードバック、および改善方法の伝達。
2. Facilitation :従業員が問題を解決し、パフォーマンスを向上させる方法を分析し、探求するのを支援すること。
3. Inspiration: 社員が自分の可能性に気づき、それを伸ばすことに挑戦すること。

「Heslinetal. (2006 )は、実証研究を基に、「具体的指導」「ファシリテーション」「鼓舞」の3 つの次元からなる管理者コーチング行動を明らかにしています。「具体的指導」とは、部下に期待する成果のレベルを伝えたり、業績を改善するための建設的なフィードバックやアドバイスを提供することであり、「ファシリテーション」とは、部下のアイデアを引き出す役割を果たしたり、問題を解決するために創造的に考えることを支援することを指します。また、「鼓舞」とは、部下の成長への期待を伝えたり、継続的に成長できるように励まし、新しい挑戦を支援することを意味しています。

従業員コーチングに、さまざまな行動があることがわかります。

研究対象と方法

この論文では、研究が3つ実施されています。

研究1
対象者:国南西部の私立大学で、組織変革に関する6週間の専門的なMBA プログラムに従事する45 人の管理職
概要:管理者のIPT を8 項目の尺度で測定。実体的4 項目、増大的4 項目。管理者のIPT が従業員によるコーチング評価とどのように関連するかを調査。事前にIPT を測定し、プログラム後に「組織改革を主導する際の自分の有効性についての匿名のフィードバック」を部下から受け取る。部下が管理者のコーチング行動を10項目の尺度で評価。

研究2
対象者:管理者のMBA プログラムを受講していない人々も含む、様々な管理者と部下の92組。
概要:研究1で得られた結果の再現を試みる。IPT とコーチング尺度は研究1と同じ。研究者が部下を選定し、管理者のコーチング行動を評価させる。研究1の課題である、サンプル数の少なさと、リーダーシップに関係するMBA の学生という偏りと、匿名とはいえ部下を選定したことを踏まえて、再現を試みる。

研究3
対象者:カナダの公立大学のエグゼクティブMBAプログラムに参加している管理者115 人
概要:実体論者を対象に、増大理論を誘導するトレーニングを実施し、コーチング行動への影響を調査。IPTの尺度は研究1・2と同じ。実体論者62名に対して、無作為に33名を増大論的に誘導するワークショップを実施(他はプラセボとして、別のワークショップを実施)。交渉がうまくいかない事例の動画を見て、従業員へのコーチング行動、コーチング意欲に関わるアンケート回答、従業員が交渉成績を向上させる方法に関する提案を箇条書き。誘導ワークショップだけ、動画後のワークで人がいかに変われるかを強調。

結果

研究1+2
管理職のIPTが、従業員をコーチする程度を予測することを立証
管理者の増大主義(incrementalism)が、従業員をコーチングする程度についての従業員評価と、正の関係がある。管理者が持つ暗黙的人物理論(IPT)、特に「増大理論」(個人の特性が発展可能であるという信念)を持つ管理者は、従業員からのコーチング行動への評価が高く、コーチング行動が積極的であることが示された。逆に、「実体理論」(個人の特性が固定されて変わらないという信念)を持つ管理者は、従業員の発展可能性に対して消極的であり、コーチング行動も限られていた。

研究3
コーチングの提案と質は、増大主義を誘導するトレーニング介入によって、実体理論の管理職のコーチングへの意欲が高まり、従業員コーチング行動の質と量が高まる。具体的には、コーチング行動と、コーチング意欲について、尺度により測定。管理者の従業員に対する改善提案の箇条書きの提案数を確認。

まとめ


ここまでをまとめると、『管理者が増大理論(=人は変わるという信念)を持っている場合、部下をコーチングする程度が高まる』というものでした。

理論を実務に適用するという点でいうと、例えば、とある会社の人事部が「管理職はコーチングスキルを身につけていくことが部下の成長促進の上で大切です!だからこそコーチングを身につけましょう!」と提案した時に「コーチングなんて身につけたって変わらないよ」という暗黙理論でいう実体理論の管理職がいたとします。

その時に、実体理論者よりも「人は変わる」という増大理論者の方が、部下へのコーチングする程度が高まる、という根拠のある知識が人事部にあれば、それを盛り込んだ研修を設計することができます。ただ根拠のない想いだけの提案に、人はなかなか耳を傾けてはくれません。だからこそ、このような「研究」が説得力となり人の行動変容に繋がるきっかけになりうるのだと感じました。

一方で、人は「変わってほしい」という意図を相手から感じた瞬間、抵抗を示すとも思います。人は変わるという信念は持ちつつ(増大理論)「変わるかどうかは相手次第である」というマインドをコーチをする側も研修を設計する側も忘れてはならないようにも思いました。

「変えてやろう」「気づかせてやろう」というマインドを少しでも持っていると、それは相手に伝わってしまうと思います。これらの研究結果を実務に落とし込んでいくことが、私たちの日々の行動や認知を変えるきっかけになるのは間違いないと思いますが、「どう扱うか」がポイントだということが大きな学びでした。


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