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<ラグビー・閑話休題>WRの代表ジャージ色彩問題

 WR(世界ラグビー協会)は、色盲の人のために、対戦する両方のチームが濃い色のジャージの場合、どちらかのチームは淡い色のジャージにしなければならないというガイドラインを策定し、これを2025年から適用する予定だが、今年のRWCから前倒して採用するというニュースが流れている。

 これに対して大きく反応したのが南アフリカで、RWCに向けて発表したセカンドジャージは、元キャプテンのジョン・スミットが「まるでトレーニング用だ」と評しているように、多くのファンから不評を買っているが、これを使用する機会が増えることになる。さらに、南アフリカの緑を基調にしたジャージと、オールブラックスの黒を基調にしたジャージは、双方ともに濃い色となるため、南アフリカはセカンドのターコイズグリーン、オールブラックスは白のセカンドジャージを着用することになり、伝統的な南アフリカの緑対オールブラックスの黒という対決は永遠に見られないことになってしまう。

 もしWRのジャージの色彩基準が徹底された場合は、南アフリカやオールブラックスのみならず、フランスやスコットランドの青、アイルランドの緑という伝統的なジャージを着る試合は、かなり限定されてしまうことだろう。また、オールブラックスが黒を着るという、もう宇宙の摂理のようになっているものが、今後は、オールブラックスは白やグレーを着るというのが普通になってしまうかも知れない。

 さらに、オールブラックス以外の、マオリオールブラックスやU20代表レベルでも、WRが関係するゲームではすべて黒を着られなくなっていくことが心配される。また、オールブラックスのハカは、黒いジャージでやるからこそ迫力があり、見ていて楽しい。セカンドの白やグレーのジャージでやるだけになれば、ハカのビジュアル面でのダメージは計り知れない。

 もちろん、ラグビーの世界でも色盲の人に対する配慮は必要であり、その方向性を否定するつもりはない。だが、そのためにラグビーのジャージが持つ伝統や文化的な価値を簡単に犠牲にしても良いのかと言えば、そう結論付けるには課題が多すぎると思う。色盲の人のためにジャージの色規制をすることは、対応策としては簡単だが、もっとやれることがあるはずだ。

 例えば、ジャージに手を加えるのであれば、繊維の中に色盲の人でも見えるような素材を一部織り込むこともできるだろう。さらにそうした繊維を、スポンサーやメーカーのロゴに使用してもいいのではないか。「それでは、大切なメーカーやスポンサーの価値を侵害する」というかも知れないが、「色盲の方に配慮しています」というアピールをする方が、より企業価値が高まることだろう。

 それでも、「メーカーへの負担が大きすぎる」というのであれば、例えばこうした素材で作成したバンドを腕や腰にしても良いと思う。もっと言えば、ヘッドキャップをそうした素材で作成して、選手に着用させることもできるだろう。ヘッドキャップには違和感が強いかも知れないが、伝統あるジャージを使えないことに比べれば、その影響とダメージは軽減できる。

 もっと言えば、ラグビーだけに対応をさせるのではなく、色盲の人の側も考えてみる余地は十分にある。例えば、色盲用メガネの開発だ。現代の最新技術を使えば、色盲の人には識別できない色を識別できるようにするレンズができるだろう。しかし、なぜそれをやっていないのかと言えば、「金儲けにならない」からだ。そうであれば、新たな顧客の開拓や新技術の応用という「金儲けの分野」と再考し、さらに「企業イメージのアップ」という観点から、こうしたレンズとメガネの開発をしても良いのではないか。単純にジャージの色規制をするよりは、余程「人類の進歩」に貢献する考え方ではないか。

 WRが何を考えているのか、またどう考えたのかは知らないし、わからないが、単純にジャージの色規制をするだけでなく、もっとやれることがあるはずだ。また障碍者に対する配慮というのであれば、他の障碍者に対する対応もしなければフェアではなくなる。一部障碍者対応だけで事足れりとするのは、付け焼刃の拙速という印象しかない。

 それから、13日のnoteの記事にも書いたが、イングランドは白だけで良いと思う。セカンドは要らない。いやメーカーとしては、セカンドも作って売りさばきたいというのであれば、白を基調とした二通りのファーストジャージを作れば良い。なぜなら、イングランドはラグビーの発祥国として、少し前までは白しか使わなかった。イングランドの後にラグビー協会を作り、代表チームを作ったところは、スコットランド・フランス・イタリアの青、ウェールズの赤、アイルランドと南アフリカの緑、NZ(オールブラックス)の黒、オーストラリアの黄といったように、白以外の色を基調にした色を使ってきた。これは、既に約150年(一世紀半)続いている伝統と文化なのだ。

 伝統と文化を破壊し、歴史の過去に葬り去ることは容易く一瞬で行える。またそれは、何ら熟慮することもなくやれてしまうだろう。ところが、歴史と伝統を創り上げるには、とても長く遠い道のりが必要だ。そうした行為は、古木を伐るのと似ている。例えば、樹齢千年の木を邪魔だから、薪にするからという人の勝手な理由で伐り倒してしまうことは簡単だ。しかし、同じ樹齢千年の木を育て上げようとしたら、これから千年という長い時間がかかるだけではない。その周囲の環境や気候までそこに再現することはできないため、決して「同じものはできない」ことを知るべきだ。そこに「リセット」、「やり直し」という逃げ道は存在していないのだ。

 ラグビーは、既に伝統と文化を持っている貴重な存在になっている。軽々な判断でラグビーの持つ貴重な伝統と文化を破壊してはならないのだ。数年後「昔は、オールブラックスってその名のとおり、真っ黒のジャージを着ていたんだよ」、「でも、色盲の人のことを考えて、今はもう着られなくなった」と次の世代に説明することを、「人類の偉大な進歩」として快感を得る人がいったいどれくらいいるだろうか。少なくともそうなった場合、私は嘆き悲しみながら、サングラスをかけてラグビーを見るかも知れない。

 なお、代表ジャージについては、8月13日にアップしたnote記事の最後に記述したが、最近の、特にセカンドジャージのデザインは、ラグビーの伝統や独自性を失わせているものを多く感じている。「時代の流れ」だけではすまないような気がしている。


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