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銭湯日記13 戦前に想いを馳せて入る交互浴 〜武乃湯〜

 夏のある日、海老名で仕事が終わる。

 普段ならば、ロマンスカーの時間まで待つか、もしくは急行で帰るのだが、今日は各駅停車に乗る。各駅停車で都内まで帰るとなると、気が遠くなってくるが、2駅め、相武台前で降りた。


 相武台前駅は、急行通過駅でありながら、車庫線や駅ビルなどもあり、ほどほどに大きめな印象を与える駅である。
 元々は「座間駅」として開業。その後、昭和12年に近くに陸軍士官学校ができたため「士官学校」駅に、戦時中に防諜上の理由で現在の「相武台前駅」に変更となった。ちなみに隣駅は「座間駅」だが、そちらは当時「新座間駅」として開業したというなんともややこしい話。名称から推測して、座間の本当の中心は現在の相武台前らへんなのだろう。

 相武台という名前から、勝手に「相模も武蔵も見える台地=相武台」だと思っていたが、そうではない。士官学校を行幸した昭和天皇が学校に与えた名前が「相武台」だったためである。
 その意味は「武を相る(みる)」。当時それ以外の士官学校にも「武を修める=修武台(入間の陸軍航空士官学校」」、「武を振るう=振武台(新座の陸軍予科士官学校)」という通称が与えられていたが、現在まで地名として残っているのは相武台だけである。そんな天皇とのゆかりも深い町のはずだが、少なくとも駅前にはそうした痕跡は見つかりにくい。

 と思いつつ、銭湯に向かうべく渡った駅前通りは、「行幸道路」と呼ばれている。現在は交通渋滞も激しい片側1車線の地方県道であるが、士官学校の卒業式に昭和天皇が行幸するのに合わせて、原町田駅(現在のJR町田駅)から学校までを最短で結ぶため、2ヶ月間の突貫工事で作られた特別な通りである。隠れてはいるが、そこかしこに当時の痕跡は隠れているのかもしれない。

 通りを渡ると見えてくるのが、ビル型銭湯「武乃湯」である。ここにも出てくる「武」の文字。

 創業は昭和30年台前半とのことなので、まだ戦時中の記憶も新しいころである。天皇との縁もある言葉を屋号に関したのだろうか。
 また脇道に逸れるが、駅があるのは座間市相武台、銭湯があるのは相模原市南区相武台。その間徒歩2分の同じ地名でありながら行政区分が異なる面白い地域である。

 築年40年弱くらいのビル型銭湯、上層階はマンションになっている。裏手を見るとビル内接型の煙突が見えている。


 往来に面して幟が立って客寄せをしているのだが、面白いのは推しが水風呂という点。幟曰く「キンキンに冷えていやがる」らしい。他の銭湯ではお目にかかったことのない、少しニッチなチョイスである。電飾看板、電光掲示板など客寄せには余念がないようだが、入口の自動ドアに暖簾がないのも、少し銭湯らしからぬ。

 自動ドアを開けた玄関には、ビビットな黄色と緑の下駄箱が出迎える。暖簾がない分、かなり主張激しめな下駄箱である。そのまま小さめのロビーに続いており、その奥にフロントがある。お金を払い、脱衣所ロッカーの鍵をもらう。私の荷物が多かったためか、鍵を2つ渡された。

 脱衣所へ向かう。ここで男女湯が分かれるが、それぞれここで初めて暖簾を潜る。すると引き戸があり、それを開けた奥が脱衣所。ロビーと脱衣所間は筒抜けが多いが、引き戸付きとは少し珍しい。
 ロッカーは、昔ながらの小さめ正方形タイプ。着替えていると、常連と思しき男性から、「この銭湯のお湯は熱いよ」と教えてもらった。ありがたい情報。

 浴室はビル型なので平天上。特に装飾なども見当たらない。カランはすべてシャワー付きである。配置は東京型と同様なので、脱衣所側にカラン、奥側に浴槽が設けられている。
 浴槽は、奥に設けられたジェットバス付きの主浴槽と、手前側にある水風呂の2種。脱衣所側にサウナと思われる個室があったが、休業中なのか入れない。なお、事前にサイト検索した限りでもサウナ情報は出てこなかったので、長期的に営業していないのかもしれない。
 まずは、先程常連さんに教えてもらった主浴槽から。確かに熱いには熱いが、耐えられないほどの熱さではない。むしろ、夏の時期なのでこのくらいのほうがさっぱりして、気持ちがいい。
 続いて、入口の幟でもアピールしていた水風呂。「キンキン」ではないが、他の銭湯よりも水温設定が低めなのか、冷えていて気持ちがいい。主浴槽との交互浴も丁度いいさっぱり気分を与えてくれる。

 夕方の時間帯だが、客数はチラホラ。多いとは言えないが、小田急沿線の銭湯ではもっと少ない銭湯もあったので、まだ健闘しているほうと言える。

 外に出るとすっかり日が暮れている。これも士官学校があった頃の門前町としての名残なのか、急行通過駅の割には飲食店もそれなりにある。誰かと来ていたら立ち寄りたいところだが、今日のところは失礼して、家路に着くことにした。 

それでは良き湯時間-Yujikan-を。

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