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『ディベート道場 ― 思考と対話の稽古』特別対談③「簡単ではないからこそアドバンテージを生み出す」佐藤義典さん(ストラテジー&タクティクス株式会社代表取締役社長、ベストセラー『図解 実戦マーケティング戦略』著者)

佐藤義典 プロフィール
早稲田大学政治経済学部卒業後、大手通信会社にて営業・マーケティングを経験後、MBAを取得。外資系メーカーにて、菓子のブランド責任者としてマーケティング・営業・開発・製造などを統括。その後、外資系マーケティングエージェンシー日本法人にて、営業チームのヘッド、コンサルティングチームのヘッドなどを歴任。2006年ストラテジー&タクティクス設立、代表取締役社長に就任。主な著書『実戦マーケティング戦略』『実戦 商品開発マーケティング戦略』『弱みで勝つ!マーケティング戦略』(以上、日本能率協会マネジメントセンター)、『白いネコは何をくれた?』(フォレスト出版)、『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』『お客さまには「うれしさ」を売りなさい 一生稼げる人になるマーケティング戦略入門』(以上、青春出版社)、『売れる数字 組織を動かすマーケティング』(朝日新聞出版)など多数。


田村:ディベートとの出会いはいつですか。

佐藤:1986年早稲田大学に入学して英語部に入ってからですから、もう30年以上、人生の3分の2をディベートと一緒にいますね。

田村:それはどんな感じですか。

佐藤:極端な言い方をすると自分の半身です。仕事にしても何にしても、論理的に「考える」「話す」ことがベースのひとつですよね。「聞く」「考える」「話す」「書く」「読む」全部ディベートのフィルターを通しています。

田村:ディベートとの馴れ初めは?

佐藤:大学の活動においては、ディベートは大変な活動ですから、必ずしも万人に人気があるわけではありませんが、僕にとってはすごく面白かった。ディベートは論理的に考えて、無から有をつくりだし、それを武器にして勝負する、すごく楽しい知的なゲームです。そういったところにハマりましたね。

田村:どんなときに一番楽しいと思いましたか。

佐藤:ディベートを楽しむ人のタイプって、いくつかある気がします。やはり、ディベートは勝ち負けがあるというところがポイントですけど、僕は議論をつくり出すのがすごく好きです。もちろん、勝負には勝ちたいですが、議論をつくり出すことに異様な満足感を覚えていて、議論の準備などの大変な作業も、全く苦にはなりませんでした。これは人によって違いますよね。

僕は十数冊、マーケティングの本を書いています。おかげさまでそこそこ売れていますが、実は議論をつくるのと本を書くプロセスは全く一緒です。ベースがあって、それに対して知的な検証を行って、自分の意見に対する反論を出して、それに対する反論も考える。そして、わかりやすく伝えて説得する。そういった(ディベートと共通した)ところが自分に合っていると思いますし、僕はそういう活かし方をしています。

僕の仕事はコンサルティング業ですが、仕事の仕方でもそういうタイプです。かたやディベーターでも、口も八丁手も八丁で、人がつくった議論をその本人よりうまく使うことができる方もいます。そういう方は、たとえば僕が書いた本の内容を僕自身よりもうまく使えるタイプになるでしょうか。そのような方もきっといるだろうなと想像します。

田村:なるほど。ディベートはクリエイティブですよね。議論、ケースをつくる、プランを考える。佐藤さんは、もともと無から有をつくりだすということが得意だったタイプですか? それとも、ディベートに親しむにつれて、そのような力がついたんですか。

佐藤:両方あると思います。ディベートに触れた瞬間から、そういったことは苦じゃなかった。クリエイティブに議論をつくるのは得意です。たとえるなら、刀をつくるのは得意だけど、実は刀の使い方はあまり得意じゃないみたいな。

田村:そうなんですか。そっちは苦手?

佐藤:苦手意識はないですよ。大会で勝つには両方ともそこそこのレベルでないと勝てないですから。ただ、自分の本当のほんとうのホントウの強みは、議論をつくりだすこと。つくるほうにかけては相当自信があります。僕が書いてるマーケティングの本は、あまり人様の議論に頼らずに自分で整理しているんです。それができるのは、学生時代のディベートトレーニングが大きいと思いますね。当時は、半年に1回は論題が出ていたので、学生時代だけでも相当数トレーニングしていますから。

カギになるのが情報の「つなげ方」です。情報のつなげ方を変えると、新しいものができるんですよ。情報の解釈の問題なんです。ですから、同じ本を読んでいても解釈の仕方でいろんな議論をつくることができる。というか、情報のつなげ方を変えるだけで、誰もやっていなかったようなものの見方、議論ができる。それは場数で鍛えることができると思います。だからディベートの練習は大事ですね。

田村:当時、よくできたオリジナルの議論はありますか。

佐藤:学生時代に、インフレーションに関する議論を出していたんですが、ほとんど負けていないと思います。今思えば、当時は経済もわかっていなかったので、理論的にも稚拙でしたけど、相手がどんな反論をしてきても勝てるシナリオができていましたね。最終的には相手が何をやっても戦争になってしまうというシナリオなんですけど、相手がどんな議論を出してきてもインフレーションするし、相手がどう反論しても戦争になる。そういう情報のつなげ方ができたので、相手からすると手の打ちようがないものができたと思いますね。自分(が逆の立場)でもその議論には勝てなかったと思います。

田村:それはどのようにつくったんですか。

佐藤:最終的には勝つことが目的になるので、勝てるシナリオを用意して、それに対する準備をしていきました。ベイジル・リデルハートが『戦略論―間接的アプローチ』(原書房)という本の中でこのようなことを言ってるんですよ。「絶対に勝てるシナリオをひとつ用意する、陽動作戦ができるようなアプローチを複数用意して戦う、いざという場合はもともと用意した絶対に勝てるシナリオで勝てるようにしておく」と。何かあったらそこに頼れるわけです。頼れるところがあると遊べるんです。

田村:その本はディベートしてるときにたまたま読んでたんですか。

佐藤:もともと戦略論が好きだったんですよね。だから学生時代そういうゼミにも入ってましたし、リデルハートとクラセヴィッツなどの戦略論の本は当時から読んでいました。そこは相互作用ですね。その興味が後にMBAと重なって経営戦略、マーケティングのコンサルにつながりました。

田村:戦略が好きだったんですね。それはいつからですか。

佐藤:初めて明確に意識したのは大学2年生のときです。高校のときは、それこそディベートと同じくらいのエネルギーで卓球に打ち込んでました。

田村:へぇー。

佐藤:でも卓球は勝てませんでした。せいぜい東京都でも2000人中の64位。インターハイなんか夢のまた夢でした。そこから上はどうしても超えられない壁がありましたね。そもそも体のできが違うとか。でも、ディベートの場合はデビュー戦の新人大会でいきなり無敗で優勝できたんですよ。あんなに頑張った卓球は東京都で64位。ディベートは、いきなり出て新人大会とは言え、全国優勝。ひょっとして、自分のバトルフィールド(勝ちやすい戦場)はディベートなんじゃないかと。向き不向きというか、自分が勝ちやすい戦場ってあるんだなと思いました。卓球同好会を続けるか、英語部でディベート続けるか、考えましたけど、そりゃあ勝てるほうがいいですから、ディベートを選んだわけです。もちろん、バトルフィールドは人によって違うと思いますが、それを明確に意識したのはディベートに触れてからです。

ちなみに、僕は話すスピードも早いんですよ。議論をつくり出すことが得意で、話すスピードが速い。よく考えたら、そりゃ勝てますよね。

田村:競技ディベートの才能があったんですね。

佐藤:才能というか、ディベートに向いていた、ということでしょうね。でも、卓球の才能はなかったんです。だから、やるべき努力の方向性というのはありますね。それは、ディベートでも一緒だと思いますね。ディベートでも勝ちやすい議論と負けやすい議論というのがあって、どこに自分のバトルフィールドを持っていき、どこで勝ちにいくというのは非常に大事なんですよ。ディベートでは1トーナメントで9試合くらいありますから、やっていくうちに「どう勝つか」というところを考える。

ディベートの面白いところは、対戦相手とは戦わないところです。スポーツで言うとボクシングじゃなくて、フィギュアスケートなんです。判定を下すのは対戦相手ではなくジャッジですからね。実はこれ、私の本職であるマーケティングも一緒です。敵と戦うわけではなく、決めるのはお客さんです。ビジネスにも敵というのはいないんですよ。別に敵と殴り合わないですよね。お客さんに自分を選んでもらえれば、それが売れるということなので。そういうところが自分の人生につながっています。だから、ディベートは自分の半身であり、僕の全てのベースになっています。

田村:競技ディベートはコンペティティブディベートと言ったり、相手チームをオポーネントと言ったりしますが、それはゲーム上の方便であって、別に相手と戦っているわけではないんですよね。

佐藤:ジャッジを説得できるかどうかですからね。そこは勘違いしてほしくないですね。ディベートを戦いだというなら、フィギュアスケートで浅田真央ちゃんも戦っていることになるんですよ。

田村:なるほど。ボクシングは相手を倒すことが勝ちですからね。

佐藤:フィギュアスケートは相手を倒せません。それはビジネスも一緒だということですね。

田村:ライバルを倒すというのは技術的には関係ない。

佐藤:倒れない、というか倒せないですから。

―― ディベートは仕事でどのように活かせますか。

佐藤:僕はメルマガを書くときも、本を書くときも、コンサルティングするときも、全部ディベートを使っています。自分の意見を検証するために自分の意見を書き出して、それに対して自分で反論する。僕はこれを徹底的にやります。

田村:自分の考えを批判的に見ることができるわけですね。

佐藤:そう言っちゃうと、ふつうのクリティカルシンキングになってしまいますが、まあ、そうですね。

田村:ふつうのクリティカルシンキングとは違うのかな。

佐藤:ディベートは相互の反論の繰り返しです。ディベートはひとつの論題を肯定側、否定側、それぞれの立場から攻撃し合う唯一のゲームじゃないですか。他にないと思うんです。交互に反論し合うそのプロセスが、すごく役に立ちます。僕は議論の弱いところを見つけるのが得意なので、自分の議論に対しても、「ここが弱いな」といったことがわかるわけです。それに対して、自分で反論を返すことができれば大丈夫。駄目だと思ったら、他人に反論される前に自分で引っ込める。自分で攻撃したくなるところは、他の人から見ても疑問に思うところだと思いますから。

本を書くときも、プレゼンするときも、その疑問に対する答えは事前に用意できますよね。議論の弱点を見つけられることは、すごく大事です。それは、別に人をやり込めるためではなく、自分の身を守るというか、自分の主張をより強くするために必須です。自分が自分の議論に対する最強の批判者でないといけない。自分のため、自分の身を守るためにです。ディベート以外でこれを得られる教育機会を、僕は知りません。

あとは、トゥールミンモデルの基本的な部分もそのまま使えますね。トゥールミンモデルといってもわからないので、僕は、「主張」「理由」「根拠」の頭文字をとって「シ、リ、コントライアングル」と呼んでいます。主張は「何が言いたいのか」、理由は「なぜなのか」、根拠は「本当なのか」。この3つの質問に答えられると一応議論は成り立つので、大抵は何とかなります。反対に、相手の議論を聞くときにも、これを当てはめて聞くようにするといいですよね。

―― 他にはありますか。

佐藤:ディベートはジャッジを説得するツールなので、どう言えばジャッジに刺さるのか、表現方法も大事です。エビデンスを読んで終わり、じゃないですから。

田村:ジャッジのフローに残らなければ、それは存在しなかったものと同じですからね。

佐藤:そこを強調し過ぎると、「ああ言えばこう言うのがディベートか」みたいな話になってしまいます。ある人に、「白を黒と言いくるめる圧倒的な説得力だ」言われたことがあります。でも、これってあんまり褒めていないですよね。

田村:「白を黒と言いくるめる」とは、その人はディベートを詭弁術としてとらえているんですね。

佐藤:そう。別に言いくるめてはいません。きちんと伝えているだけ。

田村:真実を変えることではなく、真実が伝わるようにしているんですね。古代ギリシヤのソフィストたちは、それこそ、白を黒と言いくるめるようなことをやっていた。ソクラテスはレトリックで言いくるめるのではなく、真実を探求することだとして「無知の知」と言ったんですね。どれだけ自分たちが知らないかということに、光を当てるべきだと。ただ、これは微妙な線で、ソフィストたちがやっていたレトリックは全部駄目かというと、そうじゃない。要するに、それはただの道具だから、何のためにどう使うかということだったんですよね。

佐藤:マーケティングでもそうです。誇大広告すると短期的には売れてしまいます(笑)

田村:そうだよね。

佐藤:でも長期的に見ると、それをやると「あいつは嘘つきだ」と言われ、信用をなくすから基本的にはやめましょうという話ですね。でも、伝わらないと存在しないと同じなので、誇大広告するのではなく、きちんと伝えましょうということです。

田村:そのプロダクトやサービスの本当の価値がきちんと伝わるようにする。そのために、ロジックやレトリックという表現方法がある。価値がないのに、それをあるかのごとく伝えたり、あるいは少ない価値を大きく伝えたりすることは、一時的には効果があるかもしれないけれど、結局は跳ね返ってくるということですよね。

佐藤:誇張表現は、ゲームとしてのディベートの世界では何も害がないからいいですけど、リアルな世界では害がある。

田村:きちんと伝えるために「シ、リ、コントライアングル」を使っているわけですね。

佐藤:経験的に言うと「何が言いたいのか」「なぜなのか」「本当なのか」という3つの質問は、議論の信頼性や説得力をすさまじく上げます。裏を返せば、これがない議論には、ディベーターでなくても違和感を持つと思います。「その議論には証拠はない」という言い方はしませんが、何かおかしいなというのはわかるんですよ。

今までの話は論法の話ですけど、このようなことは、小学校・中学校の義務教育の中でやってほしいと思います。

田村:日本語の授業でやるべきだと。

佐藤:そう。国語の授業でやってくれって話です。うちの娘のほうがよほど鋭いですよ。「これは人からもらったものだから返そうね」と言うと「どうして?」と返してくる。3歳なのにすごい質問するなあと。人からもらったものを自分のものにしてはなぜいけないのか、説明できなかったんです。「どうして?」と3回くらい繰り返されて参りました。なぜだろうと……。
やはり教育で(ディベートを)やったほうがいいですよね。うちは娘にディベートを教えますけど。

―― ディベートをマスターするコツはありますか。

佐藤:それは残念ながらありません。そんなものがあるなら、僕が知りたいです。

田村:ディベートをマスターするコツはないと。

佐藤:あるんですか? あったら苦労しないですよ(笑)

田村:佐藤さんはいつマスターしたんですか?

佐藤:今でもマスターしていないですよ。「他の方よりはうまいかな?」くらいは思いますが。

田村:マスターまではいかなくても、「これはデキる!」と思ったのはいつですか?

佐藤:人に教えるようになってからです。大学4年で自分のサークルを教えました。それから関西に行って、大学チームのコーチを2、3年やりました。そこそこ勝てるチームになったんですよ。「ああ、わかった気がする」と思えたのはその頃です。現役の頃は、わからないまま勝っていたので不安定でした。なんとなく「多分こうしたら勝てるな」という感じで。だから、○○さんとは相性がいいんだけど……みたいにジャッジを選んでしまう。

わかるということは、見える化できた瞬間なんですよね。残念ながら、ディベートはそこが遅れていて、言葉は悪いですが、「猿でもわかるディベート入門」みたいな解説本がないんです。内因性とか解決性といった不思議な日本語を使っているし、言葉が難しくてわからない。内因性は原因分析って言えばいいのに、あえてわかりにくくしている感じがします。

僕はディベートもマーケティングもマスターしたわけではありませんが、コツみたいなものがあるとすれば、①自分で考える②事実を知る ―― このふたつだけだと思います。仮説を立てることも含めてですが、自分で考えて事実を調べる。それだけじゃないですかね。

田村:そこはやはり、自分で考えるというところを省くわけにはいかないんですね。いくら他人のつくった議論を回すのがうまい人でも、自分で考えないと。

佐藤:いえ、逆ですね。他人のつくった議論を回すことがうまい人ほど、めちゃくちゃ考えています。そういう人は、「これはどうやったら勝てるかな」ということを、つくった本人よりも考えます。自分でつくったものではないことが、自分でわかっているので。

田村:そうか。佐藤さんの本を使ってマーケティングをうまく回している人がいたら、その人はコピー&ペーストしているのではなく、やはり考えているんですね。

佐藤:そういう人がいたら嬉しいですね。他のディベーターでもすごいなと思う人はいました。自分で議論をつくっていないのに、どうしてそこまで使いこなせるんだろうと。

―― ディベートを学ぼうと思う人たちへのメッセージをお願いします。

佐藤:自分の成長を楽しんでください。ディベートは、噛み応えがあってとっつきにくい。だからやってみないと、楽しさがわからないところは多分にあります。やればわかるとしか言えませんが……。これじゃあ答えになっていませんね(笑)

自分で考える楽しさとか、自分でつくったものが結果に結びつき、PDCA(plan-do-check-act cycle:計画・実行・評価・改善)サイクルが回せるようになると、すごく楽しくなりますよ。ただ、そこにいくまでがやはり大変なんです。そこは頑張ってくださいとしか言えないですね。
でも、だからこそ人に真似できない能力が身につくんですよ。誰でも簡単にできることだったら、全く自分の差別化にならない。5年10年かかってできるようになるから、人より5年10年のアドバンテージがあるわけです。みんなすぐに諦めてしまう。簡単には身につかないからこそ、アドバンテージ、競合優位になるんです。今やディベートは自分の半身です。ディベートに出会っていなかった自分を想像すると、本当に怖いですよ。だから僕は、30年前の自分に「ディベートを始めてくれてありがとう」と言って抱きしめてあげたいです(笑)


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