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短編、中編、長編、ショートショート、過去作品などを最低でも月一回は更新します。よろしくお願いします。
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2021年10月の記事一覧

小説「お金の夢」

小説「お金の夢」

 夢を見た。
 海。広がる水平線。青い空、白い波。砂浜。名前の分からない植物。風。フナ虫。歩くたびに目につくゴミ。漁の残骸。異国のラベル。顔にかかる飛沫が心地よくて、ポケットの煙草をまさぐる。……ない。おかしいな、と思った瞬間、こめかみに電気が走って――。
 直観。瞼を閉じる。おそらく、目を開けたら、そこには別の世界が広がっているはずだ。そう、新天地。きっと砂浜のすべての砂がお札になっているだろう

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小説「マコの秘密」

小説「マコの秘密」

 あのね、マコはなんでも知っているの。
 ママのことも、パパのことも、じぃじもばぁばのことも知っているの。
 でも、どんどん忘れていっちゃう。
 はじめは、もっと覚えていたのに、なんでだろう。
 マコが生まれたとき、マコは泣いていたの。でも、悲しくて泣いていたんじゃないの。これから楽しいこと、嬉しいことがたくさんあるのを覚えていたから、だから泣いていたの。
 あのね、ここだけの秘密。
 マコ、声が

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小説「金を喰う日々」

小説「金を喰う日々」

 ――人里離れた山に籠って早三年。
 粗食、瞑想、軽い運動、自然との闘い、動物との共存、完全なるオーガニック、安定した精神、孤独、修行、苦行、いや、そんなことは正直どうでもいい。ただ、私の生活がいよいよ終わりを迎えようとしている。それがなによりも重要じゃないか。
 今までありとあらゆるドラッグを試してきて、私は確信した。人を次の次元に上昇させるためには、もっと明確で、かつ自然と人を繋ぎ合わせる透明

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小説「海に溶けていく。」

小説「海に溶けていく。」

 おお、懐かしい海よ。お前の音が、匂いが、肌に滲みいる潮の湿気が、ゆっくりと濃くなっていくのが私には分かる。懐かしき、江津は嘉久志の陰気な海だ。
「お客さん、どこから来んさった。ん? 東京からですか。えらい遠くから何しにこんなところに、いえ、いいんですけ。あ、ほらもう着きますよ。えー、八百六十円です」
 私は小銭をじゃらりと手の上に出した。もたついているのが癪に障るのか、運転手は出した手を上下に動

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小説「石」

小説「石」

 夜。寒空だけが澄んでいた。
 私は大阪を発ち、東京の吉祥寺で「鈴木常吉」と待ち合わせをしていた。
 ――鈴木常吉。決して有名ではない、古きシンガーソングライターだ。
「この店も変わっちまったな。昔は常連しかいない汚ねえ店だったのによ」
 昭和の色を残した瓦屋根の古い居酒屋は、町のはずれにあった。少し前にドラマで取り上げられた影響らしく、外に人が並ぶほど繁盛していた。
 ここに来たのは久しぶりだと

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小説「泥棒」

小説「泥棒」

 小学生の頃、ある友人はお小遣いが一日百円、つまり一週間で七百円だった。それは当時の小学生の中でも破格の値段で、ほとんどの人は週に百円ぐらいもらえたらいい方で、また、当時はスーパーファミコンやミニ四駆が流行っており、その資金繰りにみなが苦労していたように思うのだが、中にはお小遣いとは別に欲しいものがあれば買ってもらえる子も確かにいた。私はと言うと、月に百円だったのを覚えている。
 月に百円! 世は

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