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小説

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短編、中編、長編、ショートショート、過去作品などを最低でも月一回は更新します。よろしくお願いします。
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2021年8月の記事一覧

小説「0と1」

小説「0と1」

 0ではない。少なくとも1ではあるだろう。
 私は数学がきらいだった。計算が苦手なのではなく、数学の平坦な世界がいやなのだ。世界観とはイメージだ。それがないのが、私には歯がゆかった。
 こんなことを言うと、理数系の人達に怒られるかもしれない。バカにされるかもしれない。しかし、しようがないことなんだ。
 なぜ、マイナスとマイナスを掛けたらプラスになるのか、分数を分数で割っているのに、そう、割っている

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小説「あの海に」

小説「あの海に」

 あの海に。
 懐かしいという感情は生きてきた結果なのか、生きていく動機なのか。波のうねりが影を差す。海底には見えない思い出が沈んでいる。
「あなたは人生を楽しみましたか? 後悔はありませんか」
 髭を剃るのを忘れていたように思う。深く、ただ深く潜る。遠くを船が通ったのか、波が泥を巻き上げて三十センチ先も見えやしない。悲しいことは、薄っすらと光を感じ、その光に当たった自身の影を追いかけることだ。少

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小説「国道九五千」

小説「国道九五千」

 もうかれこれ小一時間は車の中にいる。コーヒーを飲み、煙草を吸う。――さあ、どうしようか――、とずっとそんな調子だ。昼過ぎの駅前、人の姿はなく静かだった。
 京都は園部という片田舎の駅に私はいた。何年振りだろうか、昔は電車に揺られて大阪からよく遊びに来ていた。高校からの友達に会いに。その友達はここ、園部に住んでいた。私は大阪に住んでいた。年に数回だが会って酒を飲んだ。思い出は寒かったことと、私達は

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小説「透明な嘘」

小説「透明な嘘」

 まさか、本当に透明になっているなんて思いもよらなかった。重たい頭をすっきりさせようと、洗面台に立って、事の異変に気がついたのだ。鏡に、私は写っていなかった。ただ、SF映画でよくあるような、服だけが浮かんでいたのだ。自分の肉眼では自分の腕や脚は見えるのに、なんとも奇妙で、狐に抓まれたのか、狸に化かされたのか、取りあえずは二日酔いの気だるさも喉の渇きもクリア―に感じなくなっていた。
 昨夜はずいぶん

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小説「雲の中の町」

小説「雲の中の町」

 この町は空が近い。この町に引っ越してきて、最初の感想がそれだった。都心部から電車で一時間半。都会ではないが、ライフラインは整っている。
「整備された田舎でキレイでしょ?」
 本当は嫌だった。都会がよかった。しかし、僕にとって生きるということは彼女ありきなのだ。愛のためではない。彼女のために生きるのだ。
「ここは山だから天気は変わりやすいけど、その代わり空気は美味しいし、市が子育てを推奨している新

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