マガジンのカバー画像

星芒鬼譚《完全版》

38
「どうにかして探してほしいんです、九尾の狐を」 源探偵事務所に舞い込んだその依頼は、世間を騒がす連続神隠し事件とも関係があるようで…? 調査に乗り出した探偵事務所一行が出会ったの…
1章ずつのお買い上げよりお得で、順番どおりに並べられているので続けて読みやすくなってます。
¥4,000
運営しているクリエイター

#星芒鬼譚

星芒鬼譚1「どうにかして探してほしいんです。九尾の狐を」

星芒鬼譚1「どうにかして探してほしいんです。九尾の狐を」

京阪線の駅から少し歩いたところ。
あまり人通りも多くない通りの一角に、その探偵事務所はあった。
寂れた三階建のビル。
一階は昭和の遺物のような、営業しているのかどうかも外からではわからない、古びた喫茶店。
その二階部分の壁には、小さな看板が申し訳程度にくっついている。

【源探偵事務所】

喫茶店の脇にある薄暗い階段を登った先には、磨りガラスのはめ込まれたドアがあり、
ゴシック体で書かれた探偵事務

もっとみる
星芒鬼譚2「…そうか。やはりお前は俺を越えていくか」

星芒鬼譚2「…そうか。やはりお前は俺を越えていくか」

ぱちり。静かな屋敷の中に将棋を指す音が響いた。
他に聞こえているのは、そばを流れる川の音だけだ。
広い屋敷だが、その存在を知る者はいない。
敷地には強力な結界が張られ人の目には見えないどころか、現代にはなきものとしてひっそりとそこにある。
居間では将棋盤を挟んで、二人の男が座っていた。

「そう来るか」

一人は結界を張った張本人である、安倍晴明。
言わずと知れた陰陽師である。

「どうです?少し

もっとみる
星芒鬼譚3「妖怪だろーと人間だろーと、困ってるやつは助けてやるもんだぜ」

星芒鬼譚3「妖怪だろーと人間だろーと、困ってるやつは助けてやるもんだぜ」

源探偵事務所の革張りのソファには、先程訪れた可憐な女性がちょこんと座っていた。
時刻は20:05。業務時間はすでに過ぎている。
女性の向かい側には所長の光太郎がキリッとした顔で背筋を伸ばして腰掛け(着ようとしていたモッズコートは横に放ってある)、その斜め後ろでは腕組みをした夏美が仁王立ちしていた。
キッチンから武仁が白いマグカップを持って戻ってくる。

「女性が来た途端これだ」

苦虫を噛み潰した

もっとみる
星芒鬼譚4「俺たちの手の届かない事件が多いのな、ほんとに」

星芒鬼譚4「俺たちの手の届かない事件が多いのな、ほんとに」

京都府警の建物の外階段。
刑事が一人、カプリコの包装を開けている。
と、ポケットの中でスマートフォンが震えた。

「はい、もしもし」

刑事---京極正人は、カプリコをかじりながら電話に出た。

「どうした?…あーその件か。鑑定結果ならもうくすねてきてあるよ。え?今日?これからぁ?」

腕時計を見て不満そうな声を出すが、電話の主に頼み込まれているらしい。

「…はいはいわかったよ、

もっとみる
星芒鬼譚5「ビジネスチャンス、きちゃったかも」

星芒鬼譚5「ビジネスチャンス、きちゃったかも」

イギリスの郊外にある、屋敷の二階。
黒いドレスをまとった淑女が、ティータイムを楽しもうとしていた。
窓際の小さなテーブルにはケーキスタンドが置かれ、その上にはスコーンが並べられている。
淑女は頬杖をつき、満足そうにそれを眺めている。

「さあ、紅茶が入りましたよ」

執事然とした大男が、ソーサーにのったティーカップをテーブルに置いた。
ふわっとフルーティーな香りが漂う。

「うん、ありがと。今日は

もっとみる
星芒鬼譚7「例の連続失踪事件。あれを解決しちゃおーってこと」

星芒鬼譚7「例の連続失踪事件。あれを解決しちゃおーってこと」

空港は、今日もさまざまな人種が行き交っている。
入国ゲートを抜けた先には、和風のお土産屋にカフェ、寿司屋におでん屋…と多彩な店が軒をつらねていた。
アマニータは11時間ものフライトで固まった体を伸ばすように、大きく伸びをした。

「来たわ~日本!イエーイ!ピースピース!ほら、写真!!」

その後ろに、大きな荷物を持たされたフランケンとマルコが続く。
これだけ、ある意味混沌とした空間であれば、彼らの

もっとみる
星芒鬼譚8「あの、光太郎さん。俺だって戦えますよ。…たぶん」

星芒鬼譚8「あの、光太郎さん。俺だって戦えますよ。…たぶん」

「ねー、もう帰らない?」

光太郎があくび混じりに言った。
すっかり夜も更けてきた京都の街を、武仁と光太郎は歩いていた。

「いや!まだ帰りませんよ!たしかに反応が出てたんですから!」

腰に護身用の短刀を携え、妖怪探知機をあちこちかざしながら武仁は言った。

「九尾の狐を探してほしい」という奇妙な依頼が持ち込まれた翌日。
通常業務を終えた三人は、事務所で調査方針を話し合っていた。
そんな中、デス

もっとみる
星芒鬼譚9「そろそろ決着をつけさせてもらおうか、玉藻」

星芒鬼譚9「そろそろ決着をつけさせてもらおうか、玉藻」

夏美は通信機を左手で押さえ、耳を澄ました。
が、武仁も光太郎も声を発しない。
これでは、向こうで何が起きているのかわからない。ただ、何かが起きていることは明白だった。
と、妖怪探知機のブザーがけたたましく鳴り出し、そのあまりの音量に耳鳴りがした。

『『わーーーーー!!!』』

光太郎と武仁の声が重なる。武仁が取り落としたのか、探知機のブザーが急に途切れた。

「今度は何だ!?」

夏美の声にも焦

もっとみる
星芒鬼譚10「…己の分を知るが良いわ」

星芒鬼譚10「…己の分を知るが良いわ」

晴明の傍らには薄紫の装束の華奢な女性がたたずみ、鉄扇を携えたもう一人の男ーーー蘆屋道満の足元には、派手な格好の野良猫のような少女がしゃがんでいた。

「式神と…管狐か」

玉藻は目を細める。

「こいつらには心の迷いなんてものありませんからねぇ」
「そゆこと!あんたの得意技は通用しないぜ」

道満の言葉にのっかるように、少女は得意気に言った。

「あるじ様、いかがいたしましょう」

華奢な女性が、

もっとみる
星芒鬼譚11「待って不死身の人多すぎない?」

星芒鬼譚11「待って不死身の人多すぎない?」

「ここまで来れば大丈夫かと…って大丈夫ですか?」

賀茂が振り返ると、京極はぜぇはぁと息を荒げていた。
なんなら、げほげほと噎せている。

「だ、大丈夫じゃないけど…とりあえず、大丈夫…」

京極はベンチに倒れ込むように座った。
賀茂も、少し間を開けて腰を下ろす。
夜の公園には誰もいない。外灯がジジッと音を立てて点滅した。
しばらく続いた沈黙を、賀茂が破る。

「…京極さん。昨日のことですけど」

もっとみる
星芒鬼譚13「これは失礼したな。我が名は玉藻。いずれこの世のすべてを手に入れる者」

星芒鬼譚13「これは失礼したな。我が名は玉藻。いずれこの世のすべてを手に入れる者」

悟浄と八戒は、緑の中を歩いていた。
八戒はタピオカのカップを片手にご機嫌な様子でずんずんと進んでいく。
悟浄も同じカップを持って周りを見回しながらついていく。
と、八戒が急停止し、その大きな背中にぶつかった悟浄は一人で弾き飛ばされた。

「ぐわっ」
「ねぇ悟浄」

悟浄はよろよろと立ち上がる。

「なんだよ…」

八戒は、神妙な面持ちで振り向いた。

「ここってどこだと思う?」

悟浄は思わずずっ

もっとみる
星芒鬼譚14「バカ言うな。ただの勘違いだよ」

星芒鬼譚14「バカ言うな。ただの勘違いだよ」

光太郎は袋に入った刀を担ぎ、灯籠の明かりも消え真っ暗な石段をずんずんと降りていた。

「光太郎。待て」

後ろから夏美が何度も声をかける。

「待てと言ってる!」

ようやく歩みを止めると、光太郎は振り向いた。

「…何だよ」

怒ったような拗ねたような顔をしていた。
やはり武仁と何かあったんだな。夏美は確信した。
だが、当人から聞かなければ何があったのかなど知りようもない。

「何かあったなら、

もっとみる
星芒鬼譚15「身に降る火の粉は払わにゃならないってね」

星芒鬼譚15「身に降る火の粉は払わにゃならないってね」

アマニータ、マルコ、フランケンの三人は、鬱蒼と茂る木々の中をひたすらに駆けていた。

「おい、なんかさっきから変じゃねえか?」

息を切らせながらマルコが声を上げた。
アマニータもフランケンもなんとなく気づいてはいた。
いくら森とはいえ、景色が変わらなすぎる。走っても走っても進まないような、奇妙な感覚がしていた。

「よくわかんないけど、今はとにかくあいつから離れるしかないでしょ!」

ざあっと突

もっとみる
星芒鬼譚16「取引成立だ。よろしくな、相棒」

星芒鬼譚16「取引成立だ。よろしくな、相棒」

鞍馬の屋敷からそっと抜け出した武仁は、石段に座っていた。
灯籠の明かりも消え、あたりは真っ暗だ。
夜風が頬を撫でるのが気持ちいい。
眼下には、中心地の夜景がちらちらと光っているのが見える。
もう何度目だろうか、手元のスマートフォンを確認すると、武仁はため息をついた。
わかってはいたが、やはり夏美からも光太郎からも連絡は入っていない。

「ここにいたんですね」

振り向くと、ひよりが立っていた。

もっとみる