朝ドラ「虎に翼」の弁護士考察・第18週(誤訳問題、裁かれない苦悩)
第18週では、朝鮮人差別問題や、航一の過去など、シリアスなテーマが取り上げられていました。その中で、特に印象に残った話題を取り上げます。
誤訳問題
作中で取り上げられた放火事件は、長野地裁飯田支部昭和33年7月25日判決がモチーフになっています。実際の事件でも(ドラマでは脚色がありましたが)誤訳が問題になっていました。
私が経験した誤訳問題
私が弁護士1年目に刑事弁護を担当したベトナム人事件でも、取調べにおける誤訳の疑いが、大きな争点になりました。
事件を否認している被告人が、なぜか、取調べ調書では自白したことになっているのです。
本人に聞いても、「取調べで、刑事から『この前は自白したのに、なぜ、否認するのか』と急に問い詰められた。一度認めたことを否認するのはおかしいと詰められて、つい自白したことを認めてしまった。ただ、自白したつもりはない。」という回答で、さっぱり理由がわかりません。
残された証拠は、日本語訳された取調べ調書のみ。取調べの内容は一切録画されておらず、謎は深まるばかりです。
長い時間をかけて、依頼した通訳人に相談したり、何度も思い当たる原因を問いかけたり、ベトナム語辞書を調べたりする中で、1つの答えにたどり着きました。
それは、日本語では同じ言葉で表現される単語に、ベトナム語では2つの言葉があって、そのニュアンスの違いが(通訳人の説明不足で)うまく伝わらなかった、というものです。
この事件については、法律雑誌『季刊刑事弁護第98号』に寄稿しています。
言葉の壁の恐ろしさ
言葉の壁とは恐ろしいもので、たった1語、2語の誤訳が要因で、気づけば全く話が噛み合わなくなることがあります。
お笑い番組で、些細なことで2人の話がすれ違うネタがありましたが、同じことが司法の場で起きれば、取り返しのつかない事態になってしまいます。
裁判所の理解不足
かつて通訳人の方からうかがったお話しですが、裁判所からは、通訳人に対し、「逐語訳(直訳)をしてください」と指導されるそうです。
ただ、逐語訳(直訳)というのは、決して容易なことではありません。なぜなら、日本語と外国語は、1対1で対応しているわけではないからです。
外国語で用いられる表現に対応する日本語が存在しないケースは、しばしばあります。
作中で取り上げられた誤訳も、まさに、日本語にはない表現で起きたものです。
通訳人には、文脈に合わせて、日本語と1対1で対応していない外国語表現を、適切に意訳することがしばしば求められます。
また、日本語から外国語への通訳では、主語を省略する日本語表現の特性が、誤訳を招くことがあります。
通訳人は、主語が省略された日本語表現を通訳する際に、文脈に合わせて適切な主語を補わなければなりません。その際に、選択する主語を誤ると、全くつじつまの合わない会話になってしまいます。
このように、裁判所の「逐語訳(直訳)をしてください」という指導は、誤訳問題の本質を理解していない全く的外れのものです。
誤訳問題は本当に通訳人の責任なのか?
裁判所が本来すべきなのは、誤訳は起きうることを正面から認め、そのリスクを下げるためにどうすればよいかを議論することです。
例えば、①検察官や弁護人に対して通訳しやすい表現を用いるように要請する、②話が噛み合わなくなったときは審理を中断して原因を検証するなど、裁判所の立場からできることは様々あります。
裁判所がそのような努力を尽くさず、通訳人にすべての責任を委ねるのでは、問題は何も解決しません。
「裁かれない罪」を抱える航一の苦悩
他人を裁く立場にありながら、「だれからも裁かれない罪」を抱え続ける航一の心境は、容易に想像しがたいものです。
「あのとき、もう少し具体的なデータを出せていれば戦争を止められたのではないか」「あと一歩、努力が足りなかったのではないか」と、心の中で後悔と懺悔を繰り返す航一に対して、「そうだ、お前が悪い」と一喝する人はだれもいません。そのことは、航一自身も分かっています。
ただそれは、「どんなに罪の意識を感じても、償うすべがない」ことを意味しています。
刑事事件で裁かれることは、自らの罪を自覚して、その後の更生につなげていく意味があります。「だれにも裁かれない罪」を抱える航一に対し、法が、更生の機会を与えることはありません。
寅子は、このような航一の苦悩に寄り添い、立ち直らせることができるのでしょうか。
次週の展開が楽しみです。
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