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食うために働くなら、 ファッション業界は選ばない

大学を卒業して、
新卒で入った会社を2年で辞めた、
26歳の春。

1年制の服飾専門学校に入学した。
何を間違えて、そんなことになったのか。
ファッションデザイナーになりたかった。

とにかく、ファッションデザイナーになる。
ブランドをつくる。

それならとにかく、専門学校だ。
1年間、ひたすら服を
つくり続ける日々を送った。


夜逃げみたいな巨大なカバンに
絵型と製図と縫製の道具。
文鎮を10個も入れて、
肩に担いで通学した。

たぶんその重みで、
体の左右のバランスを崩した。
今でも右肩にカバンを掛けると
いつの間にか滑り落ちる。


社会人向けの専門学生は
学生というより、ただの無職だ。

毎日大量の課題に追われ、
バイトする時間は取れない。
とにかくお金はない。

はなまるうどんで昼メシを食うか、
タバコを買うか。
財布の中には500円しかない。
タバコを吸って、昼メシを抜いた。

服をつくりつづけた。
来る日も来る日も。
朝から晩まで。時に徹夜で。
常に上位の成績を維持した。

課題の質量は半端なかった。
振り落とされて脱落する生徒もいた。

考えるな!縫え!
そう言わんばかりだった。


考えるなと言われると、
逆に余計な考えが湧き出てくる。
アリみたいに、巣穴からザワザワと。

夢に近づいているのか?
本当は遠ざかってないか?

考えるほど、疑わしくなる。
迷いが生まれる。


とりあえず就職できる、かもしれない。
その程度に知識と技術をつけさせて、
アパレルに送り込むゴール設定。

就職できても、企画職に就けない。
何年か勤めたらみんな辞めて、
気がついたら同期はこの業界にいない。

平均年収が低い業界で、
店長は万引きの損害に、自腹を切らされる。
暖かい冬は、コートが売れない。

そんな話ばかり、耳に入る。


要するに、夢がないのだ。
ロマンが。ドラマが。ストーリーが。

新しい体験を生み出す熱狂が。
心が震える感動が。
カタルシスが。

未来はどうなっていくのか。
業界に携わる人の幸せはどこにあるのか。
次の世代にどうなってほしいのか。

誰の笑顔を見たいのか。

未来への願いを示す先人が、
どこにも見つからないのだ。

職業訓練が目的の専門学校で、
それを求めるのは間違っているのか。

じゃあ若手に夢を見せるのは、
誰の役目だ。

技術を磨いたその先にある未来を
業界の大人たちが示さないなら、
若手が努力する理由は、いったい何だ。


欲しかったのは、これじゃない。
食うために働くなら、
始めからこの業界は選ばない。

卒業したが、就職はしなかった。
アパレルに就職することに、
デメリットしか感じなかった。

自分でブランドを始める手段を模索した。
印刷のバイトで食いつないで。


すると信じられないことに
すぐにチャンスが訪れてしまうのである。

絶好。
考え得る限り絶好のチャンスが。


ワナだ!
過去のわたしに言ってやりたい。

やめろ!そいつに手を出すな。

そいつはお前に使いこなせる
代物じゃない。

何も起こらないで
そのまま印刷会社にでも就職しておけば
良かったのに。


2005年 28歳。

独立した。
なんと縫製の工場を継いだのだ。

大学生のとき通っていた
洋裁教室の事業主から、
引退するので承継しないかと誘われた。

洋裁教室の本業は
川崎市と横浜市の境界にある
縫製とお直しの小さな工場だった。

即決した。
秒で。

これがあれば
ブランドやれるじゃないか。

いきなり生産背景を持てるうえ、
工場は小さくも売上が立って
自走しているのだ。

工場の仕事をやりながら
少しずつ自分のブランドの商品を
内製できる。


ちょうど同じ時期、
専門学校時代の仲間と
ブランドを立ち上げようとしていた。

しかし、技術も資金もなく
手段がなさすぎて、立ち上がらない。
学校を出たくらいでは、製品は縫えない。

でも、工場があれば製品ができる。
売り物がつくれる。


チャンスだ。絶好の。
ロックンロールミシンだ。
ご近所物語だ。
パラダイス・キスだ。

夢がある。

ガンガンに攻めたてる、オラオラの熱狂。
そのための武器を手に入れた。
これだよ。こいつが欲しかった。

さあいくぜ!


さらにチャンスが止まらない。
確変だ。

ブランドの企画を進める一方で、
工場では、新規の衣装会社から
仕事が入るようになった。

大きな仕事をもらった。
何日も徹夜して、死ぬほど縫った。
縫って縫って縫いまくった。

そのおかげで、売上が倍増した。
事業拡大のチャンスだ。

新規の仕事が取れたのだから
拡大する理由も伝わるはずだ。

事業融資にトライした。
想定通り、国金からも保証協会からも
満額回答で融資を得られた。

勝負ガネを掴んだ。

カットソーを縫うための
特殊ミシンを揃えた。
平二本針と四本糸オーバーロックだ。
青焼き機も入れた。

コレクションブランド上がりの
パタンナーも採用した。

ヒト・モノ・カネが揃った。
さあ展示会だ。


そして、2007年。

モノはともかく
ヒトとカネは、当時のわたしには
使いこなせないのであった。

(つづく)

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