敗北の味
ブランドを立ち上げたら
展示会をやる。
そういうものだと思っていた。
工場を継承して、独立する少し前から
専門学校の同期の仲間と、
ブランドを立ち上げようとしていた。
成績優秀者が集まった、
本気でパリコレを目指していたチーム。
仲間。
仲間と熱狂を味わいたかった。
いっしょに夢を追いかける仲間。
背中をあずけて共に戦う仲間。
ビジネスのチームである以前に、
仲間だ。
大学時代に欲しても得られなかった、
この感触。
この熱量。
ああ、きっとわたしはドラクエみたいに、
仲間といっしょに冒険の旅に出ることに
憧れてるんだ。
同じ夢を共有する、
仲間たちとの成功のために、
自分が何をできるのか。
わたしは自分の役割を考えた。
そもそも、資金力も生産力もない。
自分たちで縫いながら、
立ち上げようとしていたが
みんな、生活のためのアルバイトもあって
なかなか立ち上がらなかった。
それでも、
未来に向かっているような気がした。
熱量だけで実態のない、
くすぶった時期だったけれど、
それでもアパレルに就職するより、
はるかに納得感があった。
わたしに訪れた、
工場の承継という絶好のチャンスは、
わたしの役割を決定づけるものになった。
責任。リスク。
背負うものの質量を思うと、
恐怖に下を向きそうになる。
怖くない、わけがない。
それでも仲間の熱量を感じると
勇気づけられる。
わたしは訪れたチャンスを掴み、
責任とリスクを引き受けた。
納得していた。十分に。
さあ、ガゼン、
熱狂的な未来が近づいてきた。
武器は揃った。
もうくすぶっている俺たちじゃない。
こいつらとなら絶対に勝てる!
さあいくぜ!
…そう本気で思っていたのは
わたしだけだったみたいだ。
わたしを入れて4人のチームだったが
ひとりが抜けた。
別のひとりとは、
徐々に同じ熱量を保てなくなっていった。
やらされ仕事。
企画のディスカッションを繰り返すたび、
当事者意識が希薄になるのを感じた。
さらに別のひとりは、
ブランドのリーダーだった。
アパレルでMDをしていたが、
退職して、ブランドと工場の営業に
専念する約束をしていた。
しかし彼は、その約束を反故にした。
どういうわけか、仲間たちの熱量は、
転がるように下がっていった。
どんどん悪くなっていった。
長くうまくいかず、
熱いけど、くすぶっていた。
火の点け所がなかったからだ。
やっと、火の点け所をつくれた。
燃料も用意した。
あとは火種を入れるだけだった。
しかしその火種は、
いつの間にか冷たくなっていた。
それでも、
新たにジョインしてくれたメンバーと
工場の仕事を回し続けながら
ブランドの立ち上げを進めた。
展示会をやって、受注がつけば
きっとまた、火は点く。
そう信じて。
2007年 S/S
ついにわたしたちのブランドは、
展示会に参加した。
複数ブランドとの合同展示会だ。
結果は、まったく売れなかった。
売れなかったこと自体は、
しょうがない。
1回目は、そんなもんだ。
次のシーズンに向けて、
またチャレンジすればいい。
重要なのはそこじゃない。
熱量の問題だ。
仲間と夢を実現するために、
わたしはリスクを背負った。
その質量は、彼らとは
断じて対等ではない。
でも、わたしは納得している。
仲間からの後押しがあったとはいえ、
自分で選んだ道だ。
しかし、わたしがそれを背負った途端、
急激に彼らの熱量が下がった。
責任をわたしひとりに押し付けたまま。
今ならわかる。
たぶん彼らには、納得感がなかった。
彼らは、
自力ではたどり着けないチャンスを
受動的に与えられてしまった。
わたしは仲間のために
武器を調達してきたつもりでいたが、
彼らにとっては、ただ与えられただけだ。
ドラクエ2の「ゆうていみやおう…」で
いきなりレベル48、みたいに、
最初から「強くてニューゲーム」で
始めるようなものだ。
それが、彼らから、
当事者意識を奪ってしまった。
当事者意識のない仕事に、
納得感は得られない。
納得感のない仕事に、
説得力は生まれない。
説得力のない仕事で、
成果につながるわけがない。
納得感は、仕事のすべてだ。
わたしは、自分の責任に納得していた。
彼らには、自分のブランドという認識さえ
なくなっていた。
ブランドは解散した。
自分のすべてを費やして、
ものの見事に、敗北した。
それでも、わたしは納得していた。
納得しているから、
敗北を受け入れられた。
そしてあの時、
失敗から目を背けずに、責任から逃げずに、
正しく負けた記憶がある。
逃げなかった記憶。
その記憶が、数年経ったいま、
わたしの背骨の一部になって、
信念を支えてくれている。
愚直。それでいい。
何度ふりだしに戻らされても、
他人に何と言われても、
揺るがないで、また歩き出せる。
今日もわたしは、納得できている。
(つづく)
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