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敗因は他にもある

敗因をもうひとつ。

カネがなくなった。
使い果たした。


ファッションブランドという商売は、
カネがかかる。

ハンドメイドで手売りするなら
元手はかからないが、
展示会でバイヤーに買い付けてもらって
ショップに卸したいなら、
相応の生産体制が必要だ。


まず、生地で詰まる。

展示会には、展示するサンプルが要る。
つまり、商品のサンプルを1着つくって、
それを展示して、受注を取る。

サンプルは1着あればいいけれど、
1着分の生地を、日暮里あたりで
メーター買いしてくる訳にもいかない。

在庫がなくなるので、
量産に耐えられないからだ。


ワンピースなら、
生地1反から取れる着数は、せいぜい20着、
ヘタすると15着だ。

100着つくるなら、
5〜6反の生地が要る。

それを2サイズ展開するなら、倍の量、
カラーを2色展開するなら、さらに倍だ。


ここまでで、1デザイン分の商品の話だ。

商品は1種類しかありません、
という訳にもなかなかいかない。

まして展示会をやって、
バイヤーに買い付けてもらおうとするのなら。

20型のデザイン数を展開するなら、
20倍の生地の手配力が要る。

だから、量産を想定しているなら、
在庫を確保してくれる商社から、
生地を仕入れる。

しかし商社も商売なので、
あまり細かい取引は、歓迎しない。
当たり前だ。

したがって、個人事業主クラスでは、
商社に口座を開けてもらえない。
つまり、生地を売ってもらうことさえ
できないのだ。


それとまったく同じことが、
裏地とかボタンとかの付属でも発生する。

そしてもちろん、縫製でも。


業界っぽい話はさておき、
要するに、ファッションブランドは、
ある程度のロットを消化できることが前提の
ビジネスモデルなのだ。

こだわったデザインを、
上質な素材と縫製で、必要な分だけ。
それはあくまでも、
デザイナー側の論理に基づいた美談で、
生産者側にはデメリットしかない。

10着受注がついたので、
10着つくってくれと工場に言ったら、
このように言われる。

「自分で縫え」

工場にせよ、商社にせよ、
数を売るブランドには力を貸す。
数を売れないブランドに
力を貸すメリットは、どこにもない。

当たり前だ。


つまるところ、カネがかかるのだ。
しかも、仮に売れても、
売上を回収できるのは、しばらく先だ。

したがって運転資金がかかる。
資金力が求められる
ビジネスモデルなのである。

それが嫌なら、
自分で縫って手売りでもするしかなかった。
あくまでも、2007年当時の話だが。


自前の生産背景があったとはいえ、
ご多分に漏れず、わたしたちのブランドも、
カネがかかった。数百万単位で。

かかったカネを回収する前に
資金繰りが悪化した。


さあヤベエ。
払えない。

目先の売上。
目の前の、カネ。

ブランドうんぬん以前に、
工場の売上をつくることに集中した。

現金売上をつくり、
集められるカネを全力でかき集めた。

工場の売上は伸ばせたが、
自社ブランドの損失を埋められるほどには
足りなかった。

その裏で、支払いをできるだけ
後ろ倒しにしてもらえるよう、
交渉して回った。


資金繰り。
この世の地獄。

経営者なら、誰もが味わう、
ホンモノの地獄だ。


多くの場合、なじられて、
罵倒され、侮辱され、土下座して、
頭を擦り付けてひたすら謝り続ける。

自尊心など、どこかに消えてなくなって、
ついでに自分も、消えてしまいたくなる。

なんとかして正気を保っていないと、
飛び降りたくなる。
ホームから、あと一歩。
本当に踏み出してしまいそうだ。

あと一歩で、楽になる。
気を抜くと、死んでしまいそうになる。

誰かカネを貸してくれないか、
片っ端から電話する。

消費者金融の雑居ビルを、
上から下まで順番にヤル。

クレジットカードのショッピング枠を
現金化してみたくなる。

「電話一本、即日融資!」的な
チラシを眺めて、電話しそうになる。

道を歩けば、
どこかにカネが落ちてないか、
舐めまわす。

自動販売機の釣り銭口に、
端から順に手を入れてまわる。


それでも、
この有り様にも、納得していた。

納得しているから、
心折れずに資金繰りを続けられたが、
自販機を10台くらい漁ったあたりで、
ようやく、ブランドの撤退を決めた。

生産背景はあるのだから、
カネをかけずに、日暮里で生地を買って、
小さく手売りで運営していくこともできた。

草の根的に小さく続けて、
またチャンスが訪れるのを、
ねばり強く待てばいい。
大切なのは、続けることだ。

でも、仲間たちとの間に、
それでも続けるだけの熱量はなかった。

彼らにとっては、
ただ与えられたものを、使い果たしただけだ。
敗北の実感さえ、ないだろう。

負けたのは、わたしだけだ。

納得しているから、
負けを正しく認められる。

ひとりになっても、生きのびて、
次の戦い、次のチャンスを。
もしそれが、またわたしに訪れてくれた時、
立ち上がれる足腰を。
迷わず武器を取れる自負を。


ブランドは解散した。
それでも、工場は残せた。

いったんぜんぶ整理して、
身軽になってやり直したい気持ちもあった。

でもそうしないで、工場を残せるよう、
実務をスタッフに任せられるよう、
コンパクトに整理した。

ひとつは、従業員のため。
パートさんばかりだったけど、
彼女たちのために。

もうひとつは、
未来への種を残したかった。

もし、次のチャンスに恵まれた時、
それを拾える受け皿を残したかった。

残念ながら、自分の給料は取れない。
わたしはまた、会社に勤め直して、
次のチャンスを粘り強くうかがった。


それが功を奏した。
何年もくすぶった後、チャンスが訪れるのだ。
あの時 残した工場に。

チャンス!
本当に、信じられないようなチャンスが。
しかも、立て続けに。

まったく我ながら、
普通なら考えられない
奇跡みたいなチャンスに恵まれるのに。

なかなかうまく、活かせない。

しかも悪いことに、わたしの場合、
チャンスを逃すだけじゃ治まらない。

全力で、本当に全力で、
歯グキむき出しでキリキリ掴みに行って、
ものの見事に獲り損ねる。

逆に、自分のいろんな、だいじなものを
オケラになるまで、獲られてしまう。

失くしたものが大きくて、
失敗は成功のもと、なんて
とてもじゃないけど思えない。


何もかもなくして、
今度こそ本当に、オケラになる。


(つづく)

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