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死なないで欲しい理由

よく「生きる意味とは?」という議論がされることがありますが、僕は正直よく分かりません。でも死んではいけない理由に関しては、少しだけ分かるような気がするので、そういったことについて今日は書いていきます。

普段特に悩みを持つことなく楽に生きている人からすると、暗いテーマになってしまうので、読まない方が良いかもしれません。そのまま楽に生きていてください。

逆に本当に生きるのがしんどい人は「死んではいけない理由を考えるのがそもそもしんどいんだよ」と仰るかも知れませんが、ひとまず読んで頂ければ助かります。背負いきれなかったら申し訳ありません。


考えたきっかけ

正直生きていてしんどいことって本当に多いと思います。なぜこんなに辛いこと嫌なことがあるのにも関わらず、みんな無理やり生きているのか不思議で仕方ありませんでした

しかし、みんなが辛いことから目を逸らし、欲望のまま生きたら世界が崩壊しそうなので、それはある程度仕方がないのかも知れません。だから、生きること我慢することだと思っているし、凄く疲れてしまいます。

そんなしんどい世界で我慢しながらわざわざ生きているのに、生きる意味を考えず漠然と生きるだけなら、別に死んでも変わらないんじゃないかと思っていました。

ただ実際に亡くなってしまった人の話を聞く中で、そんな考えが少しずつ変わってきました。僕なりに死んではいけない理由を3つにまとめてみたので、ご覧ください。

①周りの方が背負う苦しみ

人が死ぬことにより周りの方が背負う苦しみは本当に大きいです。その方がいなくなったことによる空白はもう一生埋めることが出来ないし、なぜこの空白が生まれたのか問い続ける苦しみ一生背負う必要があります。

自殺した教え子

僕が大学の時にお世話になっていた先生と先日ご飯に行った際に「僕の昔の教え子で自殺した子がいるんだよ」と話してくれました。その教え子の方は自分の理想仕事ギャップで自殺したのではないかと考えられています

この方の場合はそれが自殺した理由なのではないかという所までしか分かりません。死因は睡眠薬の過剰摂取みたいですが、遺書を残すことなく、横で寝ていた彼女が朝になって冷たくなっているのを発見したそうです。

職場にも調査に入ったのですが、パワハラなどは認められなかったそうで、葬式で親御さんが会社の方に「なんで私の息子は死ななきゃいけなかったんですか」と行き場のない怒りをぶつけていたそうです。

先生はその様子を見て本当に苦しかったそうで「死ぬ前にせめて一度相談して欲しかった」と仰っていました。親御さん、先生、同級生などその方に関わっていた全ての人がそんな苦しみを一生背負わなければなりません。

あと彼女という死んだら確実に悲しむ存在がいるのにも関わらず死んでしまうのは残酷すぎます。その彼女は大きなショックを受けて、今後恋愛が出来なくなり、普通の人生を送れなくなるかもしれません。

sumika

年末に大阪で開催されたフェスに行ったのですが、そこにsumikaが出ていました。sumikaはギターの黒田隼之介さんが34歳という若さで亡くなられたのですが、黒田さんがいないsumikaのライブを僕は初めて見ました。

sumikaって結構ギターソロがある曲が多いのですが、今回のライブでギターソロの度に、「あ、黒田さんいないのか…」という悲しさが込み上げてきました。

既に他のファンの方はこの悲しさに何度も直面して乗り越えているのかも知れません。でも僕と同じようにライブを見たり、を聴くたびに悲しくなる人もいると思います。

②どう考えても死ぬのはおかしい

生きている意味分からないし何となく死にたいな」って場合じゃなくて、誰かによって傷つけられたとか明確な原因があって、死にたくなることもあると思います。

正直世の中なんて嫌な奴ばっかりです。生まれも育ちも違う人と分かり合えるわけないし、関わりたくないのに「なんでそんなことする?」ってことをやる人が平気でいます。人と関わる事ほぼ苦痛だと思っています。

でもそれにより被害者が死ぬのなんてどう考えてもおかしくて、どっちかと言えば加害者が死ぬべきです。人に死にたいと思わせるような奴が生きてるより、苦しみが分かる人が生きていた方が絶対に良いんです

あと①で「周りの人に苦しみを背負わせるから死ぬ人は酷い」みたいに受け取った人が、仮にいれば申し訳ありません。そもそも自分自身に死を選択肢に入れさせた人が絶対に悪いことは重々承知の上です

③生きたかった人達がいる

これはよく言われる話なので、軽く書きます。日本は地震大国なので今年も地震があったし、望まぬ形で死んでしまった人もいると思います。それなのに自分の意志で死なないで欲しいんです。

でも…

ここまで色々書いてきましたが、正直本気で生きるのがしんどい人なら、こんな考え綺麗事に思えるし、既に自分の中でも思い浮かんでいて、すぐ反論が思いついてしまうかもしれません。

なんで周りのために生きるんだよ。そうやって周りの目を気にして生きるのがしんどい」
「そもそも自分が死んで悲しむ人なんていない
嫌な奴しかいない世界で生きていく意味が分からない」
「俺は死にたいんだから、生きたい人がいるとか知らん

ありそうな反論

と考えている人もいるかも知れません。でも死なない理由が1つでもあるなら、頼むから死なないで欲しいと思います。単純に僕は死にたいと思うような繊細な心を持っている人に生きてて欲しいです。

そんな人がもっと自己表現して、それを受け入れる人が増えて欲しいです。とにかく死なないで欲しいんです。こう思ってる人が1人でもいることが死なない理由の1つにしようが何でも良いから生きてて欲しいです。

おわりに

なんか書いている途中に熱くなっちゃった気がするし、こういうのって第三者から見たらめっちゃ寒く見える気がします。ただ寒いと思う人は何の心配をしなくても生きていけるので、それで良いのかも知れません。

僕は「いつ死んでも良い」ってたまに言ってたのですが、それは死にたいという意味ではなくて「明日地球が滅亡しても別に後悔はない」という意味です。「」という表現は繊細に扱っていきたいと思います。

本日も読んでくださりありがとうございました!

参考


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