『名前のないことば辞典』制作秘話①
2021年2月に、遊泳舎の7冊目となる書籍『名前のないことば辞典』を刊行しました。「わくわく」「もじもじ」「だらだら」といった擬音語や擬態語などのオノマトペ、感嘆詞を、ユニークな動物たちのイラストとともに楽しめる「絵本のような辞典」です。
本書は『悪魔の辞典』『ロマンスの辞典』『言の葉連想辞典』につづく「YUEISHA DICTIONARY」シリーズの第3弾でもあります。「言葉を楽しむ」をテーマに制作してきたこれまでのラインナップを踏襲しつつも、ターゲットや本の切り口など、様々な点で「新境地」を秘めた1冊になりました。
著者は絵本作家やイラストレーターとして活躍する出口かずみさん。デザインは、東京・高円寺にある「えほんやるすばんばんするかいしゃ」で絵本の販売や出版を行う荒木純子さん。そして、担当編集にフリー編集者である谷口香織さんを迎えたことも、遊泳舎にとっての新たな一歩かもしれません。
本の魅力はもちろん、興味深い制作の裏側にも迫る貴重なお話を、3人の鼎談による全3回の連載でお届けします。第1回目となる今回は、3人チームの誕生秘話から、商業出版であることの意味についてのお話です。
「一度は断ろうと思った仕事だった」。3人の出会い
谷口香織(以下、谷口) この本は、2019年の1月に企画書を出して、無事に通ったところからスタートしました。出版に向けて内容を詰めていくのと並行して、絵やデザインは誰にお願いしようかずっと考えていました。最初は家にある本やPCでいろいろと調べていたんですが、だんだん煮詰まってきちゃって。そういうときは書店に行くようにしています。大型書店や個人書店をあれこれ回っていて、三鷹の「よもぎブックス」さんに行ったときに『どうぶつせけんばなし』(著 出口かずみ、発行 えほんやるずばんばんするかいしゃ)を見つけました。装丁も好みだったし、読んでも遊び心があって、めちゃくちゃ面白かったんです。
荒木純子(以下、荒木) へえ〜、嬉しいです!
谷口 そこから著者の出口さんのことを調べ始めて、版元でもお店でもある「えほんやるすばんばんするかいしゃ(以下、るすばん)」さんで、出口さんの本が買えることを知りました。さっそく行ってみて、あれこれ立ち読みしているときに、『ABCかるた』を手に取ったんです。癒し系の絵とシュールなひと言が絶妙で、「これだ!」とピンときましたね。すぐに出口さんに連絡しました。それが、5月の終わりで、企画が通ってから半年ぐらい経ったころですね。出口さんは、全然知らない人からインスタのメッセージがくるのってどんな気持ちですか?
出口かずみ(以下、出口) しょっちゅう知らない人から連絡は来るので。どういう気持ちだったかなあ……なんか、「仕事量が多そうだな」って思いました。
荒木・谷口 あっはっははは(笑)
出口 直接会ったときに、谷口さんは、私の作品について色々話してくれて。
出口さんのファンを公言する谷口さん
谷口 いかに出口さんの作品がいいかを語りました。完全にファンでしたよね。
出口 デザインの話にもなって「これは材料だけ渡して純子ちゃん(荒木さん)にお任せしました」とか、過去の作品について説明しました。純子ちゃんなら気が知れてるからやりやすいけど、お店をやってる人だから、本のデザインをやる時間があるのかな、とも思って。谷口さんとも「どうだろうね〜」と話してて、私から言うよりも谷口さんからの方が熱く伝わると思って、谷口さんから純子ちゃんに伝えてもらうことになりました。
谷口 純子さんがデザインした出口さんの作品を見たときに、出口さんの絵が魅力的に見える紙や大きさ、レイアウトを知っているなと感じたんです。出口さんに会う前からデザインは純子さんにお願いしたいなと思っていました。それで、るすばんさんのホームページにあった連絡先から、純子さんにメールをして、会ったのが、たしか7月ですね。
荒木 メールをいただいたときは瞬間的に「あ、間違ったところに連絡してしまったんだな」って思いました。「私、デザイナーじゃないし……無理無理。できない」って。でも、その後に「ん、ちょっと待てよ」と考え直しました。商業出版で、しかも絵本じゃない出口さんの本が出るかもしれない。ひとりの出口さんファンとして、そこはいいなって思ったんです。
谷口 うんうん。
荒木 私ができないと思った理由の技術的な部分は、もしかしたら挑戦してみたらできないことではないかもしれないというか……。るすばんで出版した本は私以外に店主の意図が多いにありますし、今までのやり方とは違うやり方で、一歩踏み出してみる。それを大好きな出口さんとできるんだったらすごく良い気がすると思ったんです。とにかくまず谷口さんに会って、自分の現状を話した上で判断してもらおうと思って。でも色々迷ってたから数日返事してなかったですね。ごめんなさい。
谷口 全然全然(笑)
荒木 それから谷口さんに会ったら、「出口さんってこういうところがいいですよね」と共感できたり、「この作品のここが好きで」とか、谷口さんが気づいてくださる部分が嬉しくて。一緒にいるその時間が楽しかったんです。こんな風に誠実にお話をしてくださる人と新しく楽しいことをするのは、私にとって必要なことかもしれないって思って、自信はないけど取り組んでみようって決めました。なんとなく、良い予感がしたんです。
谷口 純子さんはそれまで、この『名前のないことば辞典』みたいに200ページを超えるような本を作ったことはなかったんですよね。
荒木 そうですね。そもそも今までるすばんでつくった本もデザインをしたという感覚はないんです。こういう風に絵と文字を配置したら本になるかもしれない、みたいなことの積み重ねで、その場しのぎのようなやり方だったので。
谷口 デザインのスキルはどうやって身につけたんですか?
荒木 スキルも何も、初歩的なことしかできないので、数百ページの本をつくるなんてとても……という感じでした。
当時の企画書。谷口さんが遊泳舎の新年会に持ち込んだのが始まり
谷口 辞典だしね。最初企画書に416ページって書いてる(笑)。こわいですねー。
荒木 でも、出口さんの本を作れることに希望というか楽しみがあったから、デザイナーという立場よりも、とにかく「一緒に本を作れるぞ」という気持ちでした。そこに挑戦してみたかったんです。
商業出版だからこそ「できること」と「できないこと」
谷口 『どうぶつせけんばなし』を見て面白いと思ったのは、ノンブルが数字じゃなくて絵になっていたところなんです。そんな本って見たことがなくて。これはどちらが考えたんですか?
出口 これは純子ちゃんが。
谷口 遊び心が最高ですよね! 自分は、小さい出版社だけどずっと商業の本を作ってきたので、そんな発想は思いつきもしなかった。凝り固まった自分を壊すつもりで本を作ってるけど、それでも知らないうちに枠にはまった本を作っちゃってるなーと、10年以上編集者をやってきて思ってたんです。でもこの二人となら、そんな自分の価値観を崩せるかも知れないというワクワク感があって。
荒木さんがデザインした『どうぶつせけんばなし』(出口かずみ 著、えほんやるすばんばんするかいしゃ 発行)では、ノンブルが絵になっている。
谷口 純子さんに、「私は本職のデザイナーじゃないからできないこともあるかもしれないですよ」と言われたんですが、「そこはなんとかなるだろう」と思っちゃったんです。それよりも、さっきのノンブルを絵にするような、純子さんが持ってる発想や感覚的な部分が私にとっては大きかった。もし純子さんが「やります」と言ってくれたら、あとのことはどうにかなるかなーと。
荒木 谷口さんに途中で「私はIllustratorとかPhotoshopとかあんまりわかんないので」と言われて、「そっか、そうだったのか」って思って。もしその辺の知識がある人だったら、私に頼むのがめちゃくちゃ不安だったと思うんですよ。だからそれはラッキーだったかな、と。
谷口 あははははは。
荒木 でも、その「なんとかなる」って委ねられるのも谷口さんの強さだと思うんですよね。技術じゃなくて感覚みたいな部分に軸を置くのって、博打みたいなところがあるから。あと、「データのことでわからないことがあれば何でも遊泳舎に聞いて大丈夫です」と最初に言ってもらえたのもとても心強かったです。最終的に、InDesignは望月さん(遊泳舎)に教えていただいて、本当に助かりました。
谷口 うんうん。純子さんは普段るすばんで自由に本を作っているので、断られるとしたら「商業に対する拒否感」があるんじゃないかなと。「商業ってあれもできないしこれもできないし、カバーにバーコードつきますよね!」みたいな。ある程度大衆に向けて、読者対象を広げなくちゃいけない部分もあるので。そこに対する思いはありましたか?
荒木 うーん……商業出版への拒否感というのはないです。出口さんの性質として、広い部分と狭い部分の両方を持ち合わせているのをすごく感じていて。作品を見て「こんなところも気づいたの?」というほどのファンの人もいれば、たまたま本を手にとってかわいいなと思ってくださる方もいて。どんな出版形態でも、作り方次第で出口さんの良さを表現できるんじゃないかなと思っていました。
谷口 なるほど。
荒木 今回、絵本じゃないっていうのが大きかったかもしれないです。絵本コーナーに行かない人が見る場所で出口さんの本を手にとってもらえる可能性があるのは嬉しいなと思って。出口さんの存在がもっと広まったらいいなあという気持ちと、うちのお店の規模の小ささや発信の仕方とか、うまく言えないんですが、難しいなあと思うことはあって。そこは商業だからこそ、いい方向に行ける気がしたんですよね。
谷口 絵本だと読者対象が親子に絞られちゃうけど、出口さんのことを面白いって思う人は別のところにもいますもんね。
荒木 私個人としては絵本って子どもだけのものとはあんまり思ってないけど、客観的に見ていて感じるのは、「絵本」や「絵本作家」ってどこか区切られている気がするので。
出口 絵本を作るときは子ども向けっていうのを必ず念頭に置いておかなくちゃいけなくて。以前、絵本塾に通ってたときは、いつも講評で「大人っぽい」って言われてました。私は思い切り子どもに向けて書いてるのに。どこを大人っぽいって言ってるのかはっきり言わない感じだったから、自分で考えるしかなくて。
谷口 答えは教えてくれないんだ。
出口 そうそう。だからいつも具体的にどこが大人っぽいのかわからないままでした。
谷口 毒があるところとか? でもそこが出口さんの面白いところですよね。
荒木 なんかそれって、もったいないなと思っちゃいます。子ども向けはこういうもの、っていう枠の中で作って、出口さんのいいところを削っていくと、何を大事にしてるのかよくわからなくなってくる。
出口 今回の本は、子どもにわかるようにとか、そこは一切なかった。
谷口 NGワードとかもないですしね。
出口 そうそう。だから気は楽でした。二人が、私が楽しめるよう環境を整えてくれて「さあお好きにやりなさい」って放たれる感じが。それで私は楽しく考えて描いて、二人が反応してくれるので、うまく転がされてるっていうか。常に気持ちよく描けてました。
谷口 あははははは(笑)
出口 「ここはちょっと描き直した方がいい」とかも言ってくれるし、どの意見も納得できるものばかりで、修正や描き直しに対して「やだなー」って思うことが全然なかったです。今までの本は「デザイナーさんにお任せします」みたいに分業してたので、表紙に「出口かずみ」って書いてるのを見て、「これ私だけの名前でいいの……?」って思ったくらいです。それくらい3人で作りましたよね。
谷口 私の今までの仕事のやり方も、絵はイラストレーター、デザインはデザイナー、文章はライターや、ときどき私という風に、それぞれが自分のやるべきことを全力でやって、次の人にバトンを受け渡すような感じでした。今回は、それぞれ分担は決まってはいるけれど、全部をみんなで一個一個考えて作り上げていきました。
(第2回につづく)
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