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女王蟻

滴り落ちる汗が入った目を擦りながら、ぼんやり見つめる視線の先に、一匹の蟻が大汗をかいて獲物を運ぶ。

市川が4月から働き出した引越し屋のアルバイトは、体育会系では到底片付ける事の出来ない、肉体労働である。
今回のお客様は30歳くらいの女性で、腕を組んでタバコを吹かしながら、働きっぷりを監視している。まるで女王蟻のようだ。

なんだこの野郎。偉そうにしやがって。

仁王立ちしている女王蟻を後目に、死角を探しては高級そうな小物に目をつけ、恐る恐るポケットに入れる。
どうせ1個ぐらいバレないだろう。というスリルと、
単純にお金欲しさで魔が差していた。

最初は時計やネックレスだった。次第にエスカレートして、この日市川が最後に頂いた獲物は、炊飯器だった。家電には疎く、カバ印かゾウ印かわからないが、おそらく最新型だろう。

パンパンに膨らんだポケットにはもうなにも入らない。

というか、そもそも炊飯器はポケットに入らない。


市川は炊飯器を助手席で大事そうに抱え、次の現場へ向かうのであった。
炊きたての保温されたご飯の中身が、何かも知らずに。

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