茹で腕

小説と、日々の日記。 たぶん最初から読んだ方が面白い気がします。 フォローしてくれると…

茹で腕

小説と、日々の日記。 たぶん最初から読んだ方が面白い気がします。 フォローしてくれると嬉しいです

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    市川のショートストーリー

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    吉田のショートストーリー

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    白石のショートストーリー

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最近の記事

土 

あの夏、頬を伝う汗を拭い、僕はベンチから腰をあげてからしゃがみ込み、“甲子園の土”を必死にかき集めた ◯    ◯     ◯     ◯     ◯ 高校生の頃。 「君、土いるかい」 土をくれるおじさんがいた。両手いっぱいに土を持ったおじさんが、どろどろの目で僕を見つめている。 バス亭のベンチでバスを待ってると声を掛けられた。 ちょうど、ポケットに入るぐらいの量の土だ。断われなくて、「はい、いります」と返事をしたと同時に次の停留所で降りて、巾着袋を買った。 おじ

    • OKレモンティー侍

      OK…。 日曜日、ペドロはそう呟いた。 ○ 日本に来て77時間が経過した朝、新宿のホテルに併設されているカフェで、今日乗る山手線について調べていた。秋葉原に行く為だ。 時計の針は7の数字をグサッと突き刺している。 ゆらゆらと香り立つコーヒーに、これでもか というぐらい砂糖を入れる。 7袋目のシュガースティックに手を伸ばした時、入口から頭に包帯を巻いた男がやってきた。 「いらっしゃいませー。ご予約の佐々木様」 女性店員の高い声が、静かな店内に響く。ご予約の、SASAKI

      • 206.135

        いつからだろう、常に視線を感じるのは。 白石は人生をジェットコースター、いやトロッコ列車でゆっくりと振り返った。 小学校を卒業した頃には180cmを通過した。 中学時代は野球部とバスケ部両方に所属する。 野球部ではピッチャーを任されたが、現在もプロで活躍する山之内 守 擁する富山第十二中学に3対1で惜敗し、グローブを置いた。 また、バスケ部では強豪高校のスカウトが遊びに来るほどには活躍していた。 どちらの競技に専念するか。という周りの大人の視線をシャットダウンし、富

        • 高校時代

          とにかく不器用だった。 小、中と9年間やっていた野球は1度もレギュラーになれなかった。 高校進学後、これなら自分にも出来そう、と卓球部に入部した。 必死に練習を重ねた。 何度も何度も小さい玉を打ち続けた。 何度も何度も小さい玉を打ちすぎて壁に穴が空いた。 そこにハムスターが住みだした。 練習試合では48連勝という偉業を成し遂げた。 誰もが優勝を確信していた。担任の先生や顧問、近所の八百屋の肉山、肉屋の野菜岡、誰もが活躍を願い小躍りした。 職場入れ替われと願った。 でも

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        • 市川
          11本
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        • 川崎
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        記事

          酔っ払い

          今日はそんな日なのかも知れない。 後部座席のシートのカバーはすぐに洗うとして、臭いはどうしたものか。 青木は持っていたオレンジの香りのする消臭剤を、これでもか、というぐらい車内に噴射した。 昨日たまたまパチンコの景品の余り玉で交換した、 トイレ用の消臭剤である。 男が酔っ払いである事はわかっていた。 シートにうずくまっていた事もわかっていた。 あまり関わってはいけない人物なのでは?という勘が働き、ドライバーとしての、目的地に一刻も早く届ける事だけに専念した。 頭を包帯で

          酔っ払い

          金目鯛

          新橋から自宅方面の上野へ向かうタクシーの中で、市川は心地よい振動に身を委ねていた。 決して心地よい空間ではなかった。 タクシーに入った瞬間漂う消臭剤とアルコールの臭い、それに負けない主張を続ける悪臭は、つい数分前の客が残していった赤ワインの嘔吐物だという証拠には、充分だった。 しかしその数秒後、市川は喉の奥からいびきをかきながら、深い眠りにつきだした。 ー無理もない。木曜日に引越しのアルバイトを終えたその足で絵画教室へ行き、その後東武動物公園の動物の飼育のアルバイトを、

          金目鯛

          ネックレス

          土曜日。 上野駅の雑居ビルの6階に佇むクラブ「なでしこ」で働く渡辺は、ひどく空腹だった。 新居での引越しの荷物を整理する。 若い頃から、渡辺は天然キャラを駆使しおじさんを騙す事が得意だった。 クラブ「なでしこ」では、佐々木と名乗る客にやたらと気にいられ、瞬く間に店のランキング1位に踊り出た。 シャンパンを入れてくれるのはもちろんで、プレゼントを誕生日でもないのに会う度くれる。 全くセンスがないので身に付けた事は1度もないが。 新居のすぐ近くに、川崎質屋というオレンジ

          ネックレス

          寿司

          土曜日の夕方、市川は寿司屋にいた。 市川の実家の富山では、魚料理には困らなかった。 富山湾の形が魚をおびき寄せ、まるで生け簀の様に旬の美味しい魚が集まる。 東京に来て、急に魚が食べたくなり、新橋の寿司屋にやってきた。 新橋には、安くて味の肥えたサラリーマンを唸らす名店がいくつもある。 これは動物園のバイト先の佐々木さんが教えてくれた事だ。 カツオ、鯛、白魚、ホタルイカ。。 ホタルイカはツマミで、酢味噌で頂くのが好きだった。 日本酒がすすむ。 白魚の寿司は、その透

          ミノ

          川崎は自宅兼お店の自慢の中庭で炭火で肉を焼いていた。 炭の扱いは難しく、汗が滴り落ちる。 目の下の汗を拭う。目の下に黒い墨がつく。 質屋を営んでいる川崎だが、この時間帯に人が来る事はほとんどない。開店休業状態である。 だから少し早いがひとり焼肉を開始した。 片面づつ、じっくりと、網の目から充分に脂が滴り落ちたら食べ頃である。 ロース、ハラミ、タン、ミノ。。 この日の為に仕入れたお肉を所狭しと焼いていく。 タンはレモンを絞り、ミノはネギ塩で頂く。 ミノを口に放り込

          お年玉

          土曜日、市川は質屋にいた。 前日、アルバイトとして働く動物園で、初めてうさぎのエサやりイベントという大役を任された。 うさぎの扱いは難しかった。柵の中から捕まえるのは一苦労だ。捕まえたかと思えば、赤い瞳でじっと見つめられるとどうすればいいのか分からなかった。 その更に数時間前の、とあるバイト先で得た戦利品をお金に替える。 ポケットにパンパンに入れた戦利品を質屋の川崎という男に渡す。 ずっとサングラスを掛けて、ガムを噛みながら接客している態度は気分がいいとは言えない。 ガ

          お年玉

          スーパーヒーロー

          3年前。 市川は一人の女性と出会う。 彼女は今まで出会ったどの女性よりも可愛く、不思議で、面白く、魅力的だった。 すぐ好きになった。 こんな女性に出会った事が無かった。 だからあっという間に彼女に夢中になった。 知れば知るほどどんどん好きになっていくし、 知れば知るほど自分とは住む世界が違う事を理解した。 育ってきた環境が違った。 環境のせいだろうか? 考え方の違いか? 彼女がもらした。 「私があなたのスーパーヒーローになる」 そう言い残して彼女はスーパーヒーロ

          スーパーヒーロー

          自販機

          ピッ ガチャン。 動物園の係員として働く市川は、休憩時間に自販機で缶コーヒーを買う。 制服の上着さえ脱げば、お客さんに混じり、動物を見ながらベンチでくつろぐ事が出来る。今日は馬の気分だった。 コーヒーをひと口飲んだあと、明日が休みである事を思い出し、時計を見て少し気合いを入れ直した。 この後14時から、この動物園の人気イベントであるうさぎのエサやりの説明と、うさぎをお客さんの膝に乗せる という大役が待っている市川は緊張感でいっぱいだった。 この役回りは今まで佐々木さん

          爪痕

          ふー ふー 吉田は爪に塗ったマニキュアを、得意のアヒル口を尖らせながら乾かしていた。 今日は彼氏との待ちに待った初デートの日。 最近連絡をしても返事が返って来るのが遅く、今日は何としても爪痕を残しておきたかった。 彼氏が初デートに選んだのは東武動物公園。 自宅のある船橋からはどう考えても遠すぎるし、あまり乗り気ではないが、彼氏がライオンを見たがっていた。 初デートなので彼氏の要望をすんなりと受け入れた。 春日部に住んでいる彼氏とは東武動物公園の

          闇の動物園

          飼育員のアルバイトをはじめて8日目の夜。 市川はいつも通り、30分の仮眠をとった後、夜行性の動物たちに餌をあげる事にした。 寝ても全然疲れの取れないカチカチのベッドから起き上がり、外していたカラーコンタクトレンズを装着した。 夜食用に持参したタケノコご飯のおにぎりを食べながら、動物達をぼんやりながめた。 夜行性の動物を見ていつも思う事がある。 こいつらは本当に給料泥棒もいいところだ。 好きな時に寝て、好きな時にご飯食べて。 あれ、それはつい10日前の自分の事だな。と自分で

          闇の動物園

          色鉛筆

          16時25分、引越しのアルバイトを終えた市川は、やじるしと逆の方向へ走りだす。 帰り道はこの一方通行をひたすら歩くと辿り着く。やじるしの反対 を走るのは今日に限った事ではない。毎月第2木曜日の17時からは、絵画教室へ通う事にしている。 絵画といっても様々ではあらるが、今習っているのは鉛筆画だ。黒い鉛筆で花瓶や果物を描く。 人物はまだ描かせて貰えない。 誰にも言っていないが、家に帰ってから、色鉛筆で絵に色を塗るのが密かな楽しみだ。 その日のテーマは炊きたてのご飯。 ほかほか

          女王蟻

          滴り落ちる汗が入った目を擦りながら、ぼんやり見つめる視線の先に、一匹の蟻が大汗をかいて獲物を運ぶ。 市川が4月から働き出した引越し屋のアルバイトは、体育会系では到底片付ける事の出来ない、肉体労働である。 今回のお客様は30歳くらいの女性で、腕を組んでタバコを吹かしながら、働きっぷりを監視している。まるで女王蟻のようだ。 なんだこの野郎。偉そうにしやがって。 仁王立ちしている女王蟻を後目に、死角を探しては高級そうな小物に目をつけ、恐る恐るポケットに入れる。 どうせ1個ぐら