自販機
ピッ ガチャン。
動物園の係員として働く市川は、休憩時間に自販機で缶コーヒーを買う。
制服の上着さえ脱げば、お客さんに混じり、動物を見ながらベンチでくつろぐ事が出来る。今日は馬の気分だった。
コーヒーをひと口飲んだあと、明日が休みである事を思い出し、時計を見て少し気合いを入れ直した。
この後14時から、この動物園の人気イベントであるうさぎのエサやりの説明と、うさぎをお客さんの膝に乗せる という大役が待っている市川は緊張感でいっぱいだった。
この役回りは今まで佐々木さんがやっていたのだが、4日前に突然姿を消した。
コーヒーをまたひと口飲んだ市川は、あらかじめ話す内容を書いたメモを何度も見返しながら、念仏のようにぶつぶつと唱える。まさに馬の耳に念仏だ。
緊張した時にはよく人と言う字を手のひらに3回書くが、人をあまり信用していない市川は、ハンバーグ、オムライス、カレーライス、と好きな食べ物を3種類手のひらに書いた。
どうせ食べるなら好きな物をと思い、手のひらで妄想の食事を済ませる。
今日のハンバーグには目玉焼きが乗ってたし、カレーはカツカレーだった。
そんなバカな事をしてるのは俺ぐらいなもんだ、とすっかり緊張の溶けた市川は、昨晩手に入れたタケノコご飯で作ったおにぎりの残りを急いで頬張った。米粒をほっぺたに付けながら、残りのコーヒーを飲み干し、うさぎの待つ小屋へ向かうのであった。
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